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書き込みありがとうございます 投稿者:武田徹  投稿日: 5月19日(日)22時11分27秒

袋小路さま。書き込みありがとうございます。ちょっとへばっていて湯治に出掛けていたので書き込みが遅れました。

>「いくら記事書いても研究業績にならないんだよな」って、当たり前だろ!!!
おっしゃるとおりなんですが、一方では業績にならないような記事しか書けていない新聞の状況に問題ありとも言えるでしょうね。たとえば本多勝一の初期フィールドワーク三部作なんか文化人類学の調査としても相当のものでしょう。しかもあんな重量級の作品を朝日は連載で載せていたんですよね。今の本多さんとも今の朝日とも隔世の感がありますね。

新聞記者の天下り 投稿者:袋小路  投稿日: 5月18日(土)23時29分09秒

大学の先生になりたがるベテラン記者って多いですよね。大学の先生になっても今は大変だと思うんだけど。「いくら記事書いても研究業績にならないんだよな」って、当たり前だろ!!!
マスコミ学会を見物したことがあったのですが、とある分科会は新聞記者OBの「昔はよかった」大会になってました。
でも某マスコミ論研究者(学者プロパー)は「新聞記者OBは大学にはもういらない。自分の体験しか話せないから。現場の話は現役の記者に非常勤で来てもらった方がいい」と話してました。

書き込みありがとう 投稿者:武田徹  投稿日: 5月17日(金)22時37分36秒

 書き込みありがとう。ただの愚痴で迷惑だとは全然思いませんが、ここはメールアドレス必須なのですよ。前に書き捨てごめん的な書き込みがあって、それ以来そういう決まりになっています。で、削除し、再掲示します。ごめんなさい。今度はぜひメーアドつきで書き込んで下さい。
サピオは談話ですよね。基本的に大沢真幸さんと東浩紀さんの考え方の枠組みに載せて「癒し系」を論じているというもので、癒し系論としては少しは新味があったとしても、枠組み自体は借り物です。確か大沢さんは、典拠先として参考文献などが挙げられていなかったと思う。そこが本人としてはやや気がかりなところです。


******
SAPIO読みました 投稿者:スリーカード  投稿日: 5月17日(金)15時00分28秒

SAPIOの記事読みました。お堅い雑誌を買うのが初めてだったので
わかりやすい武田さんの記事はSAPIOの中の癒し系だと思いました。
ホームページの仕事一覧を拝見しましたが、幅広いジャンルに
渡っていてすごいなぁーと感心しました。

今年から大学生活に入ったので政治や今まで敬遠していた分野も
知っていこうと思っています。とくに世界の情勢には敏感に察知して
いきたいと思っています。
僕は地方大学に通っているのですがほんま痴呆大学って言ってもいいほど
授業がつまらないです。特にひどいのが英会話です。英語の歌を歌わせて
その内容が点に結びつくという中学校レベルのお話です。
大学側がどんな人間を生み出そうとしているのかがまったく見えて来ません。

ただの愚痴になってすいません、迷惑であれば削除してください
岡山で世界平和のために闘っている人がいます。ホームページを紹介しておきます
http://www1.harenet.ne.jp/~lets-/index.html

マターに値頃感なんかいらなーい。 投稿者:さらん-けえ  投稿日: 5月17日(金)02時11分38秒

多分、武田さんのいわれているその映像は俺も見ました。率直な感想は「この人元来、そのチャイナスクールといわれている人達の対抗勢力側の人間だったのでは?」というものです。どうあれ、コメントする際に薄ら笑いを浮かべて斜に物いうのは格好悪い気がします。 

昔は、どんな道であれ、その道のプロパーといわれる人達に対して、皆なにか底知れない潜在力があるように想像したものですが、実際は 「はて?」 という気にさせられるこの頃。結構、大マスコミに所属する人間の口を吐いて出るセリフにがっくりくることも多いです。

話変わりますが、先ほど沖縄のアメラジアンスクールを特集していた映像をTBSでみましたが、そこに付けられたレポートにしても、あまりに短絡的なもの。ややもすれば、反対方向に理解の流れが行きそうな印象を受け、やきもきしました。
あそこのスクールでは俺の叔母もボランティアで働いています。やや過剰にも思える主催者側の思い入れと、その場に現れる一人一人が抱える諸処の問題が化学変化して出現するものは、ただ狼狽えばかり也という感じです。で、それならば、その『狼狽』自体をカッチリ浮き出して見せてくれればいいのに、実際は、見方自体を誘導するような作りに落ち着いていく。アメラジアン自体は無色透明であるはずですが、見方を決められすぎるとアメラジアン自体に色が付く----…、 俺は、そこが怖いんです。
俺の二人の従姉妹はアメラジアンですが、彼女らはただアメラジアンであり、そのうえアメリカ市民であるだけです。ただそれだけ。

物事への値打ち付け、これは本来、個々の対面者、対峙者があれこれと行う仕事であるはず。基本的にそうであって欲しいです。

俺の見方が悪いのか、報道番組の特集はかなり被服力が強い気がします。全体を、その短い時間でべしゃっと被うように語るのはなく、「これ」一つ摘んでみました--という風にはいかないものでしょうか。
量は多くも、中身のバラエティーはたいして伝わってきません。今の感じでは、受け手も何かいちいち「知った風」になり、それではまるで、皆が皆『現実の大量消費者』----。これは、どん欲なだけに嫌みが強い。

>朝毎読の編集委員クラスは、望めばほぼ大学で第二のキャリアを歩めるという現状は明らかにおかしい。不的確な教育者に育てられたメディア志望者が職につき(天下り系教員はコネは紹介できる。大学側もそれでご満悦なのだろう)ボディブローのように長い時間かけてジャーナリズムをダメにして行くのだ。

オッソロシイ話ですが、まったくの同感でーす。
編集済

http://www02.u-page.so-net.ne.jp/rb3/shiro-k/


天下る 投稿者:武田徹  投稿日: 5月17日(金)01時08分48秒

中国の領事館(漢字がないので地名は省略)の一件は確かにみっともいいものではないけれど、元外務官僚ということでTVで、古巣の元同僚に辛辣なコメントしていい気になっている大学の先生にも同じ穴のむじなというか、同じような質の醜悪さを感じる。
教育機関への天下りは、天下りの中でも最も軽蔑すべきものだろう。ないしろ未来の人材育成に関わっているナマもの相手の仕事である。少なくとも天下りの力学で教育者のポストが選ばれるべきではない。確かに官僚時代の経験を語れる存在は貴重で、学生のためになるとはいえる。しかしそれにしたっていつもいつも聞かされるとなると役立つ域を越えて行くし、そうした経験を語る以外に、大学で教えたり、研究したりする必然性があるのだろうか。実際の業績をみてみたいところだが、いずれにせよ、研究とか、教育はやはり一日にしてならないところがあると思う。二流の教育者、研究者を、コネだか、前任者がいてそのなわばりだとかで受け入れている大学は不幸だ。
しかし、そんなコメンテータを使うジャーナリズムもだらしなくて、それは実はジャーナリズムも天下りに対して、だらしないところがあることと無関係ではない。ジャーナリズムは官僚の天下りをよく批判的に書くが、それはたたける相手を叩いているだけという相変わらずの手法で、天下り自体の問題点を認識しているわけではなく、自分だって天下ってしまうのだ。
先日も本の奥付をみていたら、冬に会った時には三大紙の編集委員で、新聞にまだまだ未練たっぷりの話しぶりをしていた人が、ある都心の大学に「天下って」華麗な変身を遂げていて驚いた。メディア系学部ではマスコミ志望者が多くいるので、彼らの気持ちを惹き付けるためにも経験者が欲しいのかもしれないけど、経験が豊富なひとがジャーナリズムについて正しく批判的に語れるかは別物だし、往々にして相反さえするだろう。順応したからこそ長く務められたという事情はやはりあるのだと思う。で、そんへんはきちんと学者なり教育者なりの実力をここでも審査すべきであって、朝毎読の編集委員クラスは、望めば大学で第二のキャリアをほぼ歩めてしまえるという現状は明らかにおかしい。
不的確な教育者に育てられたメディア志望者が職につき(天下り系教員はコネは紹介できる。大学側もそれでご満悦なのだろう。あめりも低レベルな受容供給の利害の一致)ボディブローのように長い時間かけてジャーナリズムをダメにして行くのだ。

悩みましたが削除し、再掲載します 投稿者:武田徹  投稿日: 5月15日(水)12時31分18秒

こここでは削除させていただいている「単にアクセス誘導するだけの書き込み」とまぎらわしいので、書き込みされたいのだったら次回からはなぜ紹介したいのか、もう少しコメントをつけて書いて下さい。「楽しい」だけではなくてね。
以下****
ハーレム日記 投稿者:ユキ  投稿日: 5月15日(水)01時01分09秒

ユキはNY在住です。
ハーレムのライターが書いたハーレム日記って読んだことあります?
とっても楽しいですよ。
http:// members.aol.com/hiroem
編集済

ハミル続報 投稿者:武田徹  投稿日: 5月14日(火)15時18分40秒

筑波大名誉教授・青木彰氏(メディア・ジャーナリズム論)がハミル本を引用してくれていました。
 http://www.tokyo-np.co.jp/media-k/toku020503.html
感謝しますが、ちょっと、これも含めて情緒的引用というか、新聞の正義を信じる人にとって、惹句的に引用しやすい本になっているような気も・・・・・。
このページ本体のハミル新刊紹介の方では、本を出した後の敷衍作業を少しずつしているのでそちらもご覧あれ。

韓国で武田さんの『本』売れろ! 投稿者:さらんけえ  投稿日: 5月12日(日)00時42分07秒

ということで、今夜は「韓国語出版続報」を読んで、思ったことです。 

>韓国や台湾などでの翻訳出版の印税で利益を得ようなどという出版社など
日本には一つもないと…………同じ手間暇をかけるなら他の仕事をした方がずっと経営的には有益です。ただ日本の文化を広めるのに少しでも役に立てばという思いでやっている仕事ですので…………、、、

最初から、なかば無償の行為であるというような顔をされるより、『何か大ヒットすれば後が大きなビジネスになる』、「遊びじゃないんだぜ」という本音バリバリの気分でやって貰いたい事業です。じゃないと、限度が常につきまとう気合いの入らない商売から脱皮なんかできないんじゃないかと思いますね。

そろそろ互いに、臓が一杯に詰まった腹をぽんぽん叩きながら仕事にとりかかる習慣をアジア相手に作っていかないと、アジアでのパイなど永遠に広がらないのでないかと考えますが、この考えは不遜でしょうか。
俺、向こうにしてもそう望んでいると思います。

しつこいかもしれませんが、
>>韓国や台湾などでの翻訳出版の印税で利益を得ようなどという…………

これ、とても気になります。逆に俺など、出版社側にはある程度あけすけに、

「軌道に乗るまではそっちも多少泣いてね、ライン出来上がったら今度こっちが後ろに回ります」

っていって欲しかったりするのですが、そういってくれないのは何故か----。差し障りってありますかね?

会社の方で『ある!』と考えているとしたら、恐ろしく窮屈。

あ、ちなみにこれは「さらん-けえ」という馬の骨の戯言です。----会社の皆様悪しからず。
編集済

http://www02.u-page.so-net.ne.jp/rb3/shiro-k/


「サービス」ありがとうさんです。 投稿者:さらんけえ  投稿日: 5月11日(土)23時45分37秒

ああ、凄くいい文章。伊藤整さんっておっしゃるんですか。
響いたです。

物事、いかにごまかしたくても、最初覚えた「感じ」っていうのは結局どこまでも追ってくるし、これに抗うと随分苦しむんですよね…。
考えでもなんでも、一度自分のものにした後でその手を広げないと、押しても引いても誰にも伝わっていかない。日々感じています。

----肝に銘じよう。

ありがとうございました!

編集済

またまた訂正 投稿者:武田徹  投稿日: 5月11日(土)23時02分43秒

さらんけえさん、みなさま。訂正です。石川達三じゃなかったですよ。出典もとは伊藤整の『記事の書き方』でした(全然違うじゃないって、ごめんなさい)。
お詫びついでに正確な文面の引用をサービスします。
***
菫の花をみると「可憐」だとわたしたちは感じる。それはそうした感じ方の通念があるからである。しかしほんとうは私は、菫の黒ずんだような紫色の花を見たとき、何か不吉な不安な気持ちをいだくのである。しかし、その一瞬後には、私は常識に負けて、その花を「可憐」なのだ、と思い込んでしまう。文章に書くときに、可憐だと書きたい衝動を感じる。たいていの人は、この通念化の衝動に負けてしまって、菫というとすぐ可憐なという形容詞をつけてしまう。このときの一瞬間の印象を正確につかまえることが、文章の表現の勝負を決定するところだ、と私は思っている。この一瞬間に私を動かした小さな紫色の花の不吉な感じを、通念に踏みつけられる前に救い上げて自分のものにしなければならないのである。

韓国語出版続報 投稿者:武田徹  投稿日: 5月11日(土)22時44分31秒

韓国語版出版の件で、日本での出版社が印税を折半する理由について返答を頂きました。
参考までにさしつかえない範囲で引用します。
****
 以前は権利者である著者の先生がエージェントを通して直接やる方法を
取っていましたが、それでも検討用見本やら制作見本やらを送ったり、先生
方からのお問い合わせに答えたりと関わらないつもりでも結構手間がかかった
ものです。そういう状況でエージェントから、他の出版社と同じように契約の窓口
となって印税を折半したらどうかという提言があり、会社として今回のような方針を
取ることになりました。著作権は著者に100%あり、出版元である出版社の出版権
はあってなきがごとしということは百も承知しております。印税の4割を弊所が
いただくということに関してはその数字には根拠はなく、それこそ過去の習慣で
出版社が取り分を決めているのかもしれません。したがいまして、どの業務とど
の業務でこれだけになるということは申しあげられないのが現状です。ただ、弊
社を窓口として契約をする場合にはこの条件でやらせていただくというもので、
これに100%同意いただけない場合は、今後のこともありますので、出版元で
ある弊社はまったくかかわらず韓国の出版社と直接やっていただいて結構です。
武田様が100%満足できないような条件で無理に弊社の方針を押し付けるよう
なことはありませんので、ご安心ください。
 韓国や台湾などでの翻訳出版の印税で利益を得ようなどという出版社など
日本には一つもないと思います。手間だけかかってまったく割にあわない仕事だ
からです。私どもの部署もこれを専門にやっているわけではありません。同じ手
間暇をかけるなら他の仕事をした方がずっと経営的には有益です。ただ日本の文
化を広めるのに少しでも役に立てばという思いでやっている仕事ですので、その
点だけはご理解をいただきますようお願い申しあげます。
****
ということだそうです。
ま、事情は分からないでもないですね。
「国際室」のような部署は作ったものの、たとえ40%を取っても人件費すら出ないというのは事実でしょう。ならやめればいいのにとも思いますが、そこはやはり文化輸出のためという社会貢献的理由と、もしかしてすごく売れちゃうことがあるかもしれないので、そのときにみすみす儲けを逃がさないためにという経営陣の色気と、他の会社もやっているからという横並びの感覚と、英語の交渉すら出来ないだろう日本の作家センセーのために窓口を用意しておくということでやめられないのではないでしょうか。
一応、説明をしてくれる誠意は見せて頂けたので今回は呈示条件で合意しようと思っています。韓国で一点出版されれば次もあるかもしれないという、今度は僕自身の色気もあったりして(笑)。

スミレほどの魅力があれば、まだましなのに… 投稿者:さらんけえ  投稿日: 5月11日(土)01時45分35秒

レスありがとうございました。ここではいつも勉強させてもらっています。
又、時たま書かせてください。


>表現する側の人間はそうした圧力を越えて行く必要があると思います。

武田さん自身がこれを実践なさってるからこそ、俺らがこのサイトを訪れることに意味があるんだと思っています。

石川達三さん。不勉強で存じ上げませんが、今度捜してみようかしら。出来れば、総理大臣相手に読んで聞かせたいくらいですが。

それでは、また来ます!
編集済

http://www02.u-page.so-net.ne.jp/rb3/shiro-k/


ありがとう 投稿者:武田徹  投稿日: 5月10日(金)13時41分43秒

さらんけえさん、書き込みありがとうございます。タイトルの重複などまったく気にしませんよ。

>一番気になるのは、社会行動から離れると決めた場合に、そこ(ホームレス
>というあり方)にしか行き場がないのだろうかという漠然とした疑問です。
>時代は遡ったとしても、常に社会が一定の飽和状態を向かえた折りに、人は
>こんな風な形のセセッショニングを行って生きてきたんでしょうか? また、
>例えそうであったとして、それと今の状態との根本的な違いが何かあったり
>するのでしょうか? 答えなどないのかも知れませんが、つい考えちゃうん
>ですよね……。

本当にそうですよね。

>遺伝子の深みのところにじんじん来る何か。それがなんなのか解らないもどかしさ。
>世の中が知った顔でああだ、こうだと簡単に処理することの出来ない「事」のよう
>にも思えます。

ひとっていつでも一般論化、類型化して物事をみようとしますよね。簡単に処理することが出来ない気持ちがあっても、押さえ込んじゃう。自分の思考においてさえ、人と一緒でないと不安になる、無形の同調圧力が働くんでしょうかね。でも表現する側の人間はそうした圧力を越えて行く必要があると思います。石川達三だったかな、「みながきれいだというスミレの花に、わたしは不安と戦慄を覚える」とか書いていて、こういうわけもわからず迫ってくる感覚こそが重要なのだと示していた記憶があります。
今、一瞬だけ家に帰っているのであまりちゃんとしたレスが付けられませんが、これからもまた書き込みして下さい。

謝罪です。 投稿者:さらんけえ  投稿日: 5月10日(金)02時35分47秒

あいた、うっかりして武田様と同じタイトルになっていました。
こういうことは気を付けます。
本当に申し訳ありませんでした。

ホームレス 投稿者:さらんけえ  投稿日: 5月10日(金)01時37分32秒

先日武田さんのホームレスの記事を読みました。時折ここを読ませて貰っている読者の一人ですが、今日はちょっと書いてみようかと、恐る恐るですが初書き込みさせていただきます。

世田谷にある俺の職場の近くにも最近ホームレスが住み暮らすポイントが一つ二つあります。この頃は、隅田川畔や新宿駅や中央公園とかだけでなく、普通の街角にも見かけるようになりました。定期的に役人に追われるのか知りませんが、ある日、荷物共々に住み位置を変えたりしているようです。そこでそうならば、きっとあちこちで点景的にそういう光景が多くなっているのかなとも思います。

俺のアパートは東京郊外の聖蹟桜ヶ丘というところですが、多摩川の緑地に七、八年前から一人、二人と目にしていました。これにしても、最近サイクリング道路を二子多摩川付近まで下る際、全く同じような風景が各行政区分において展開されています。変に考えさせられるのは、「スタイル」が同じということですか。都市が段ボールハウスなら、川縁はブルーのシートというその同じさ加減。こういうのは日本的とでもいうんでしょうか……。

まあ、難しくは解りません。ただ、こと、こうなってくると、ホームレス行動って、何か人の持ってる元々の行動パターンのある一つの段階みたいな気はしてきます。

俺、正直言って、胸がわさわさしてくるんです。武田さんお感じの事と同じようなものかは解りませんが、「怪しからん」とか、いわゆる「落伍者」なんだとかいう、そういう通念をぶっ飛ばした挙げ句、なんだか、遺伝子の深みのところにじんじん来る何か。それがなんなのか解らないもどかしさ。世の中が知った顔でああだ、こうだと簡単に処理することの出来ない「事」のようにも思えます。

一番気になるのは、社会行動から離れると決めた場合に、そこ(ホームレスというあり方)にしか行き場がないのだろうかという漠然とした疑問です。
時代は遡ったとしても、常に社会が一定の飽和状態を向かえた折りに、人はこんな風な形のセセッショニングを行って生きてきたんでしょうか? また、例えそうであったとして、それと今の状態との根本的な違いが何かあったりするのでしょうか? 答えなどないのかも知れませんが、つい考えちゃうんですよね……。

とりとめないこと書いて失礼しました。
たまに、頭の訓練したくなると、ここへ来て遊んで帰っています……。

http://www02.u-page.so-net.ne.jp/rb3/shiro-k/


書き込みありがとう 投稿者:武田徹  投稿日: 5月 9日(木)16時30分00秒

サエキさん、書き込みありがとう。だんだん問題点がクリアになってきました(ごめんなさい、「一発」で理解できなくて)。確かに技術的な背景をしっかり押さえる必要はありますよね。どんな音楽が出来るかが全然違っちゃうわけだから。その意味で四人囃子のピーク時、もっとも脂がのった表現をやっていた時期を見極め、その録音技術的背景から音楽性を考えるのは大事なことだと思います。で、時代と録音スタイルを当て推量で語ってはいかんということですね。分かりました。
しかし、そういう観点からきっちりポップス史を記述した資料ってあるんでしょうか。ぼくは前に吉野金次さんに取材したことがありますが、ミュージシャンの印象は聞いたけど録音技術については聞かなかったな、残念。彼なんかがスタジオ技術や録音スタイルの変遷、それと音楽性の関わりなどを語ってくれて、それを通時的にまとめてゆくと、ポップス史の縦糸、横糸がはっきりしてくるんでしょうね。
いちべぇさん。「二十歳の原点」ですか。ATGじゃないのかな。ビデオになってるんですかね。ぼくは映画史は専門外なので、レア映像はどうすれば資料としてアクセスできるかも分かりませんが、音を聞き直してみたいですね。誰が音楽監督で依頼したんだろうか。ピンクフロイドが砂丘とかの音楽をやったのを感化された仕業でしょうか。これまた時期的にはどうなのかな。出先なので全くもって資料を見ずに書いているのでまた何か問題あればご指摘下さい。取り急ぎお礼まで。

一発どりとは? 投稿者:サエキけんぞう  投稿日: 5月 9日(木)13時26分25秒

やはりライブ録音に近い音のとりかたを指していると思います。
四人囃子の場合、クレジット見てもわかりますが、すごい
たくさんの楽器が演奏されているのと、こまかいキメの部分は
ダビングの試行を繰り返して鬼のような現場だったのではないか?
と思います。四人囃子を詳しく聞いたことのないので
わかりませんが、表面的には似たように聞こえても、
ライブとスタジオではけっこう違う内容なのでは?
はっぴいえんどについてはなぜ指摘したかと申しますと
解散ライブが1973年として有名なのですが
実はこれは再結成に近いもので、なんといっても
活動時期は1970〜1の間がメイン。つまり
日本のロックの黎明期でトゥーマッチとか成毛滋の
活躍期なのです。この後ミカバンド、キャロルとかが出てくるのが
73年で、四人囃子はその同期になります。(ここがポイント)
つまり第二期ですね。
はっぴいえんどは黎明期にマルチトラックによる多重録音で
大きな成果を挙げているところが押しも押されぬ歴史上の
トップキャリアになる所以なのだと思います。

http://saekingdom.tv/


四人囃子 投稿者:いちべぇ  投稿日: 5月 9日(木)08時21分16秒

のオフィシャルサイトがあります
http://www.4nin.com/main_index.html

>ATG系の映画の音楽
ってのは、「二十歳の原点」のことでしょうか。73年ですね。

活動履歴を見るとレコードデビュー前にもライブはたくさんされてますが、これを「プロ活動」と見るかどうかは、ムツカシイところなのかもしれませんね。

一発録りってのは、素人のイメイジ的には全員が一度に「せーの」で演奏するって感じがします。
>リズムトラックとギター、ボーカルと別々に録っている
のだったら、「一発」じゃない気がしますねぇ。いや、業界用語はワカランのですけれども。

ホームレス 投稿者:武田徹  投稿日: 5月 9日(木)01時09分00秒

先日、新宿の丸の内線の上に当たる位置の地下道を夜に通過しようとして知ったのだが、最近は23時でそこは閉鎖してしまうんですね。しばらくそこを通縁がなかったので知らなかった。なぜそうするかは明らかでホームレスの常駐場所にされるのを避けるためだろう。駅側の考えも、気持ちもすごくよくわかるのだけれど、それでもなお、そうした方法で良いのかと思ってしまうのだ。
ホームレスの人たちは世間から脱落者だと見るのが一般的だろうが、冷たいコンクリートの上に寝るなんてぼくは絶対に耐えられない。感覚的にいやだとかプライドが許さないということではない。最初の数日ぐらいはいいかもしれないが絶対に冷えてしまって身体をこわす。ということで、ぼくはホームレスになりたくてもそこから脱落するだろう。それはホームレスの人たちだって同じはずだ。彼らもまたホームレスからも脱落したいのだ。しかし問題は脱落してゆく場所がないということだろう。前にホームレスの取材をした時に、区の担当者が「免許を持っている人もいる。それなのに仕事がないとか思えない」と述べていた。確かに論理としてはそうだ。論理としてそうだからこそ、それでも仕事に就けない人の、論理を越えた困難な状況を考えてやる想像力は必要だと思う。
もうひとつ、社会復帰の意欲を減退させるから、甘やかしてはならないんだともよく言われる。しかしいくら甘やかしたって、冷えたコンクリートの上に寝るしかない辛さの前には、およそ甘やかされているという語彙とは程遠い状況しか用意されないようにも思う。
社会復帰の道をつけてやる努力は必要だ。ホームレスが出ないですむような経済対策も重要だろう。しかしその一方で、ホームレスが出てしまうのであれば、彼らが凍え死なない程度の、雨露をしのげる場所を与える優しさが都市にはあってもいいのではないかと思う。
もちろんそのための場所がどこであるべきかの議論は必要だ。しかしそうした議論や適当な制度作りをしたうえで、ホームレスが生活できること自体を、都市の豊かさと思えるような価値観がぼくはあってよいと思う。もしもぼくが都知事選に出馬する日が来たら(永遠に来ないだろうけど)「ホームレスにも優しい東京」という選挙キャッチコピーはどうかなと思ったりする。都市ってそういうものであるべきじゃないんですかね。

訂正・ほか 投稿者:武田徹  投稿日: 5月 8日(水)01時44分31秒

四人囃子のことを書いたら、サエキけんぞうさんから事実誤認があると指摘のメールを頂きました。ありがとう。訂正を含め、皆さんにもお知らせしたい内容なので以下にポイントのみ抜粋。

>>今日の四人囃子は、もう再結成を何度かしているバンドで、はっぴいえんどとかと
>>同じ頃(少しメンバーの年齢は若かったはず)に活動していた。

>はっぴいえんどは70〜72年が正味の活動期間。
>73年に再結成の形でラストコンサート。
>四人囃子は74年がプロレコードデビューで完全にプロとしてのキャリアはすれ違って
>ます。
>(アマチュア活動は71年ごろより・・だそう)
>黎明期は技術上の歴史のため、こうした順番が非常に意味を持ってます

資料を確認したらまさにおっしゃるとおりでした。技術が時期次第で大きく変わるので順番が大事だというのはすごくよくわかります。
ただ、未確認なんですが、四人囃子は73年に俳優座でコンサートやっていて、これってしっかり入場料を取った、その意味ではプロのコンサートじゃなかったんでしょうか。このころはレコードデビュー前からそこそこプロっぽい活動をするスタイルってありえなかったんでしょうか。
あと、これも未確認ですが、レコードデビュー前にATG系の映画の音楽やってもいなかったでしたっけ。確かに(これについては取材した経験があるので、音楽非専門のぼくでもある程度詳しい)浦和ロックンロールセンターを初めとするアマチュア時代の活動は71年頃かららしいですが、そこから74年のレコードデビューまでの四人囃子の状況は気になるところです。

>>四人囃子に関しては、当時では演奏力に相当の自信があったから最初の数枚のアル
>>バムは殆ど一発録りでしょ。

>確認の必要ありですが、おそらく違うと思います。

当時の録音機材や録音状況をぼくなんかより遙かにご存じだろうサエキさんが言うんだったら確認の必要もないでしょう。
でも、ご指摘を頂いて、改めて思ったんですが、もしかしてぼくは「一発録り」という言葉を間違って使っているかもしれません。最近のようにハードディスクに録音してカットアンドペーストで切り刻みながら作る(らしいじゃないですか。これも人によって違うんでしょうが、加工好きな人はそこまでやるとか)ようなやり方ではなくて、パートごとにしっかり通して演奏してそのまま録音するというのを「一発録り」の範疇に入れてしまって書いていたんですが、これは用語法としておかしいですか? そうした「広義の(って、もし間違っているのでしたら広義も何もないですが、仮にここだけの話として」一発録りだったら、当時の四人囃子のケースとしてありえないでしょうか。たとえスタジオライブの一発録りでなくても、そうした加工の少ない録音の仕方であれば、リズムトラックとギター、ボーカルと別々に録っているとしてもライブでも再現できる音になるように思ったのです。もちろん多重録音する楽器数やコーラス数が多くなれば、そのままの再現は不可能ですが・・・・。
いやはや半可通で業界用語を使うと火傷しますね。これからもご専門の視点でご指摘いただけるとありがたいです。

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