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公設秘書制度は国会ぐるみの詐欺 投稿者:平成外骨  投稿日: 4月 6日(土)03時10分18秒

公設秘書制度に関する関連法令を調べてみた。
 
国会法
第百三十二条 各議員に、その職務の遂行を補佐する秘書二人
を付する。
2 前項に定めるもののほか、主として議員の政策立案及び
立法活動を補佐する秘書一人を付することができる。
 
国家公務員法
第 2条 国家公務員の職は、これを一般職と特別職とに分つ。 
2  一般職は、特別職に属する職以外の国家公務員の一切の
職を包含する。 
3  特別職は、次に掲げる職員の職とする。

(15) 国会議員の秘書 


国家公務員特別職ということは、一般職に関係する公務員服務
規程や就業規則や公務員倫理法や処罰規定に関係しない職分で
あるということだ。本当ならば議員秘書に関する就業規程など
特別職毎に法令化されるべきものである。しかしこれが一切無い。
 
つまり勤務実態が無くても公設秘書の場合は登録さえすれば
給与がもらえるというしくみにもともとなっているのである。
このため、公設秘書に関しては、一般に言われる「名義貸し」
が不法行為であるという根拠法令が無いことになる。
 
従って、公設秘書給与を事務所経費に流用する行為そのもの
は何ら詐欺的要素がなく、むしろこの制度は公設秘書給与を経費
に充てるために考え出されたものであると断定せざるを得ない。
 
なんのことはない。公設秘書給与を事務所経費に充てるために、
国会議員達はわざわざ政策秘書を一人増員したのである。政策
秘書が政策の立案を助けるなどというのは事務所経費を税金から
詐取するための偽装である。

牧人たちよ 投稿者:武田徹  投稿日: 4月 5日(金)15時14分39秒

今出ているSPA!で辻仁成がフライデーに中山美穂との京都旅行を撮られた一件について書いている。その中で、今回ではなく、かつて辻を追い回した編集者として講談社のY(原文ではカタカナだが本名)が登場する。中山のことは「同行している者」と妙な伏せ方で書いているので、Yの実名が改めて目立つ。この「さらし者」扱いに、辻の恨みの深さを感じさせる。
 このYはぼくも知り合いだ。最近あっていないけれど、フライデーに異動する前、講談社がまだペントハウスの版元だった時代にその編集者として会った。その時にはブリリアントでまじめな好人物だという印象だった。その後、印象を変えるほどの直接的関係はないので、これから書きたいことのは彼への批判ではない。もう少し抽象的な議論だ。
 当時の彼はヌードグラビアの担当でもあり、「うちはスタイリストとかあまり使った経験がないので、ぼくが自分で撮影備品の女性用のパンティを買いに走るのだ」と笑っていた。その話は仲間内で有名で「Yは東大でたのにパンツ選びなんだぜ」というのは笑い話として流通していた。
 その後フライデーに異動になった時の年賀状には自分の自宅の電話番号や携帯の番号が書いてあり、「なんでも情報提供して下さい」と書かれていた。ことほどさように仕事熱心な男なのだ。
 そしてその延長に、辻を追いつめていた彼がいる。

 そのSPAのコラムを読んでいて、サイゾーの4月号の宮崎との対談でで宮台真司が官僚について話していたのを思い出した。なぜ菅直人は厚生大臣時代に薬害エイズ関係ファイルの発見に成功したか。宮台は菅が官僚に競争させたからだと言う。大半が東大出身の、偏差値競争を勝ち抜いてきた官僚達は、課題を与えられ、出世のチャンスを与えて競わせるとまさがむしゃらに働く。薬害エイズファイルの時、菅は厚生省内の特別プロジェクトチームを作った。そこに選ばれた官僚はこれこそ自分の実力を示すチャンスだとばかりに、与えられた課題に向けて躍起となって仕事をし、それまで行方不明だったファイルを見つけだしてしまう。もしもファイルを隠すことが課題であれば彼らはそれをつつがなくやってのけただろう。彼らがやっているのは課題を解くということであり、課題の内容は問わないのだ。
 Yの行動もまさにこれではないか。仕事として与えられればパンティ選びにも抜群の働きをするし、芸能人のスキャンダルの追跡にも大活躍する。彼は編集部にとって、そして会社にとっては実に有能な社員だが、しかし、そうであるがゆえに時に周囲との摩擦を発生させたりする。
 フーコーは官僚による権力の発揮法を牧人的権力と呼んだ。彼らは職務に忠実に、羊を群から逃げないように導く。それは牧場にとって優れた仕事となるが、羊たちにしてみれば、毛皮を狩り取られたりするために生まれたわけではないので迷惑な話である。あくまでも自分に与えられた職務を完遂しようとして、その範囲で自発的に権力を発揮してしまう、そんな牧人達は官僚だけでなく、社会に多く生きている。ぼくがこの牧人的権力という概念をまに引いたのは、ハンセン病撲滅という課題に燃えて、酷薄な隔離政策を推進させた花田健輔という医師についてだった。
 権力の問題を考えるとき、こうした「牧人」の在り方について検討する必要があるように思う。特に官僚や優秀だと社内で評判の社員の「犯罪」や「齟齬」の問題について考えるときにはその視点を抜きに出来ないはずだ。
編集済

書き込みありがとう 投稿者:武田徹  投稿日: 4月 4日(木)23時15分46秒

るかさん。書き込みありがとうございます。もう13年前の本だし、あまり刷らなかったのですが、あるところにはあるんですね。
武田徹
編集済

古本 投稿者:るか  投稿日: 4月 4日(木)18時26分23秒

武田徹様

こんにちは。こちらのHPには、時々、訪問させていただいています。
下記の武田さんの本、古本販売のネットに、売り出されておりました。
検索すると、出てまいります。

http://www.murasakishikibu.co.jp/oldbook/sgenji.html


近況(ばかりですみません) 投稿者:武田徹  投稿日: 4月 4日(木)00時42分12秒

『若者はなぜーー』はようやく増刷決定。書店で殆ど見なくなっていてもうおしまいかなと思っていたが、刷ってくれる方向に決まったらしい。これでようやく誤植誤字が直せる。誤字を発見した人は教えて下さい。注文を出したけど本が来ないという人はもう少しお待ちを。在庫が払拭するまで引っ張りすぎたんじゃないか。
『情報社会を読む143冊』(だっけか)という新刊(NTT出版)に昔書いた糸井さんの本の書評が収録されている。ごく短い記事なので、ぼくからご高覧というほどのものでもないが。
 BOOWYの原稿を書くために自分が前に出した『イッツオンリーロックンロールジャーナリズム』っていう本を読み返したんだけどショック。自分で言うのも変だが、すごく出来が良いのだ。いわゆる典型的なノンフィクションですよ、これは。泣かせどころをしっかり押さえているし、表現にも工夫が盛り込まれている。「作家」としてぼくはあきらかに後退している。社会分析家とか評論家の方にシフトしてきているといえば確かにそうなのだろうが、読ませる工夫という意味では、まるで過去の自分に叱られた気分だった。
 この本はもう入手は絶対に不可能だろうけど、古本屋とか図書館でもし見かけたらぜひ読んでみて欲しい。レトリックだけでなく、今回のBOOWYの原稿などは、これを資料にして殆ど書けてしまうほどJポップ夜明け前当時の微熱にうなされているような状況がみっちり描き混まれている。当時のぼくがもっと力のある作家だったらもっともっと売れていただろうな。本に悪いことをしたと思ったりする。

なんだこの生温い空気は 投稿者:武田徹  投稿日: 4月 3日(水)00時35分47秒

異常気象なのだ、と思う。4月の初頭で真夏日だとか、山梨では30度まで目前だとか、とんでもない気候だ。バンコクも暑いらしいからアエラの書くようにエルニーニョ現象なのか。
オゾン層破壊が本当に起きているかどうかはわからないらしいが、平均気温で見ると温暖化と言いたい状況は揃っているらしい。平均気温は10年だかの温度の推移を考慮して見直すらしいけれど、最新のものは数度、高くなったとか。確かに昔の出張族の家族のアルバムを見ていてライン川がボン市内で凍っている写真があったりすると驚かされる。東京だってぼくが小さい頃は配達される牛乳が凍っていて、子供はそれがシャーベットみたいで喜んだものだが、最近はそんなことはないだろう。確かにここ2ー30年ぐらいでは温度は高くなる傾向にある。地球規模の、100年単位で測られるべき温暖化かどうかはわからないけれど。
さて、温暖化ということで見逃されがちなことがある。それはCPUの発熱である。発熱源として化石燃料を燃やす自動車とか発電所とかが真っ先に思い浮かぶが、演算処理の高速化でCPUの熱量も無視できなくなっているらしい。その意味でも「速度は正義」ではないのだ。スローイズビューティフルと諸手を挙げて言うわけにもゆかないが。

宝島の原稿でBOOWYを再聴。そういえばボックスCDセットが出たんだっけ。ライブを聞き直すと布袋のギターがうまかったことを改めて感心する(ベースプレイヤーがもっとテクニシャンだったら、ギターを補完して面白い音になっていたのにと重ね重ね残念。渋いんだけど、冒険はない)。一本であんなにドラマティックな音が作れるのはすごい。『わがままジュリエット』だけ、もう一本ギターの音を足しているが(テープ? 誰か裏で弾いてる?)、他はスピーカーで聞いた限りでは布袋の一本だけのようだ。たぶん彼のプライドがそうさせたんだろう。スタジオライブでのジュディマリのギターが完全にアテレコだったけど、タクヤが全然平気そうだったのとは世代が違うと言うべきなのだろうか。

インターネット・ディベイト 投稿者:武田徹  投稿日: 4月 2日(火)10時45分38秒

 同じく前に紹介しつつもURLを書かなかったNHKインターネットディベイトの原稿はここで読めます。『若者はなぜ繋がりをーー』のダイジェストですね。これは
http://www.nhk.or.jp/debate/

変革の世紀 投稿者:武田徹  投稿日: 4月 1日(月)22時57分52秒

 前に紹介しつつもURLを書かなかった「変革の世紀」パネルでのぼくの発言は、ここで読めます。ぼくがなにより大嫌いなのは風向きになびいて本質論からずれることで、911テロ後、グローバリズムと言えば諸悪の根元という風潮があるのでそれに反発してます。おかげで孤独感ひしひし・・・・?。
 お訪ねの折は「共感」「反感」マークがあるので投票して下さいね。
http://www.nhk.or.jp/henkaku/panel/01/

そうそうここにアップされた原稿にはもっと文字量の多い元原稿があります。刈り込まれて分かりにくいところがあるといけないので補足しておきましょうか。
****
ニューヨークタイムズ』記者トーマス・フリードマンが『レクサスとオリーブの木』で提唱した「黄金のM型アーチ理論」は既に人口に膾炙しているが、改めてこれを引くことからグローバリズムの問題について書き始めたい。「黄金のM型アーチ」とはお馴染みの世界最大のハンバーガーショップチェーンの店頭に掲げられているディスプレイを指す。そのハンバーガーショップを出店させている国は、同じくそれぞれにそのショップを出店させている国と互いに戦争をしたことがない」。この歴史的事実をフリードマンは「発見」し、面白可笑しく「理論」風に述べた。確かに、その理論はそれが提唱された(つまり『レクサスとオリーブの木』の初版本が刊行された1999年初頭までは正しく現実を示していた。しかしその後、NATO軍がユーゴ空爆を始めたため理論を裏切る反例が登場してしまった。NATO参加諸国はもちろんのことユーゴのベオグラードにも黄金のM型アートは掲げられていたからだ。かくしてすっかり面子が潰れたフリードマンだが、彼は「理論」を修正して事態を切り抜けようとした。つまりM型アーチを掲げる店「を有する任意の国同士も時には戦争をする。しかしそれは早く終わる」。実際に1999年のコソボ紛争は77日間で幕を閉じた。
 なぜ黄金のM型アーチ理論(およびその修正版)は成立し得るのかーー。M型アーチは、グローバリズムの象徴である。そのディスプレイが掲げられている国には多かれ少なかれ国際企業が既に進出を果たしている。そうした国の市民は、戦争で経済が封鎖され、外資系の商品やサービスは手に入らなくなって、今までの生活レベルが維持できなくなることを望まない。だから戦争という手段で政治的問題を解決しようとしなくなるし、もし戦争に巻き込まれたとしても、それが早く終わるよう政府に働きかける。コソボ紛争の時、ベオグラードに住むセルビア人たちは「ハンバーガー」を取り上げられるくらいなら、コソボを差し出した方がマシだとして(フリードマンはそう考えている)、開戦から殆ど時を移さずにミロシェビッチに終戦の要求をしているーー。↓

変革の世紀 投稿者:武田徹  投稿日: 4月 1日(月)22時56分13秒

↓ こうした事情に、今こそ改めて注目する必要があるように思う。というのも911以後、グローバリズムは諸悪の根元とみなす傾向が強まっている。確かに同時多発テロ実行犯とされたアラブ人が、犯行直前に滞在していたモーテルで、水着女性が描かれていた壁の絵にタオルを掛けて隠していたエピソードは極めて印象的だった。水着女性が海岸を闊歩するどころか、全裸女性の姿を掲載した雑誌が書店で平然と売られている風景を我々は見慣れているが、それは先進国の価値観の反映に過ぎない。それを悪魔に支配された光景だと見なす文化が世界には存在している。テロ後、ブッシュは「自由」を守る戦いに立ち上がる必要性をカウボーイのように勇ましく述べたが、その「自由」とは、言ってみれば水着女性の絵を壁に掛ける「自由」であり、決して普遍的なものでは
ない。
 ところがグローバリズムの進展は、世界中の文化の西欧流スタンダードへの平準化を加速させ、その過程で個々のローカルな文化との軋轢を生じさせる。グローバルなハンバーショップが地元の屋台の飲食店と競合関係となり、多くの場合、地元の人々へ西欧型ライフスタイルへの憧れを焚き付ける巧みな情報戦略の奏功も含めて、経済効率を徹底的に追求した合理的経営のグローバル企業が勝利する。こうしてローカルな文化は駆逐され、土着の商法にこだわっていた人は失業の憂き目を見る。一方でグローバル企業に雇用された人は「勝ち組」となって多くの収入を獲て、経済の格差が広がって行く。かくして虐げられ、鬱屈した人々が、自分の信じる価値観通りに生きようと思ったら、テロでも起こすしかない。そしてテロ攻撃を受けた側のアメリカ人の側はといえば、自
分たちの文化の「自由」の普遍性を信じて疑わず、グローバルに通用する「自由」が脅威にさらされているという「事実」が、アフガニスタンに大量の爆薬を投下することの正当性を支える根拠になると信じて疑わない。こうしてみるとグローバリズムこそ戦争の原因ではないかーー。
 しかし、本当にそうなのか。ブッシュ政権の報復行為を最も厳しく批判しているノーム・チョムスキーは一方でグローバル経済化をテロを誘発した要員だと安易に考える姿勢をもたしなめ、「ビン・ラディンは実はグローバリズムについてはなんら関心を持っていなかった」と指摘している。確かにビンラディンがグローバリズムについて語っているのを聞いたことがない。確かにグローバルに活躍する企業が経済効率の過剰な追求から担う諸問題や、経済格差の問題、第三世界の文化が駆逐されて行く傾向に対して、それぞれ個々に改善への努力がなされるべきだ。しかし、それらの問題を拡大解釈してグローバライゼーションの全否定に至るのは早計である。たとえばフリードマンの指摘した「グロ−バリズムの戦争を遠ざける効果」に改めて傾注することは無駄ではないと思う。↓

変革の世紀 投稿者:武田徹  投稿日: 4月 1日(月)22時39分02秒

 ↓国際企業が参入することで地域のローカルな経済や文化が破壊されてしまうことは往々にしてあるが、それは参入の仕方に問題がある。ローカルな文化とグローバルな文明の共存は困難だが、不可能と頭から決めてかかるのは乱暴だ。たとえば医療の分野でも西欧式の近代医療が世界を席巻しつつあるが、日本でもそうであるように、非近代化学的な民間医療はしぶとく残っている。どちらの医療を選ぶか、それは患者の自己選択の範疇に属するものとなっている。
 しかし、ここで選択肢が用意されていること自体、西洋医学が普及していることを前提としている。選択の多様性もまた豊かさの一つの形であり、M型アーチのハンバーガーショップを既に受け入れた国の人々が戦争を遠ざけても守りたいと思うのは、実はフリードマンが考えたようにハンバーガーそのものではなく、こうした選択可能性を広げる豊かさだと考えることは出来ないか。
 豊かな国の人々ほど多くを選べる。グローバル国際企業の商品を遠ざけた質素な生活ですら選択可能なのだ。その生活は、いまだにM型アーチの店を持たない国の人々の生活と似るが重要な違いがある。それが選ばれた生活であるか、選べずに強いられた生活であるか、だ。
 グローバリズム批判が、こうした選択の多様化=豊かさの否定に直結してはならない。ローカリズムを礼賛し、グローバリズムによる経済格差の拡大を問題視する姿勢は、行き過ぎると複数の選択肢を用意できる豊かさそのものの否定にも繋がる危険がある。
 もちろん「悪い選択肢」であれば、知らない方が幸福だという考え方もある。智恵の実を食べるところから堕落が始まるのだと。となると、ここで議論すべき対象の中に「情報化」も入ってくる。情報化が進み、選択肢の多い社会の暮らしぶりを知らずに生きることは情報化のためにもはや困難となった。そんな状況が、選択できない社会からの脱出を人々に願わせているとしたら、グローバリズムの問題(があるとすればそれ)は情報化の問題でもあることになる。しかし貧しい国の人々に、情報へのアクセスを禁止させようと言う議論は賛同を得ないだろう、こうしてみてゆくとグローバリズムと情報化が、私たちの人暮らしの中で複雑に絡み合っている事情が理解できる。それは第三世界でより先鋭な具体的問題として露呈するが、日本のような中途半端に豊かさを実現
した社会でも実は問題は潜在的に存在し、様々な出来事に影響しているのだろう。単純で粗暴な善悪の二分法に陥らず、何を、どう議論すればいいのか。その模索はまだ緒に着いたばかりだ。

これから調べます 投稿者:武田徹  投稿日: 4月 1日(月)22時06分47秒

てるてるさん、いつも書き込みありがとう。
このテーマはこれから調査したいと思っているので仮説めいた話になりますが、ぼくは日韓併合後にハングルによる新聞は表だっては出されていなかったのではないかと推測していますがどうでしょうか。大日本帝国による併合ですから建前上、許可できないでしょう。ただ日本語の使用範囲が併合後すぐに広がったわけではないのでしょうから、なんからかのかたちでの補完はあったはずでそこがどのような措置によったのか興味を引きますね。
対して満州国はもう少し事情が複雑で建前上は五族協和を謳っていましたから、言語政策上も強引な一本化は出来にくかった。協和語という簡易日本語を普及させようと焦ったのも多言語文化があったことが前提となっています。しかしこちらもぼくはまだ未調査です。朝鮮半島と満州国とでメディア政策にどういう違いがあったのかは、小熊さんがやっている日本化の裏側の現象として文化史・社会史のテーマとして面白そうですね。
朝鮮半島を含めこれから調べて報告しますし、詳しい人がいたら教えて下さい。

日韓併合の言説分析 投稿者:てるてる  投稿日: 4月 1日(月)20時12分20秒

>日本の新聞では移民への対応が問題になったことはなかったけれど、たとえば琉球とかアイヌとかを皇民化してゆく過程で新聞はどう関わったのだろうか。あるいは日韓併合や、満州国の新聞事情はどうなっていたのだろう。

USAでは、日系移民の新聞が発行されましたけど、日韓併合時の韓国で、韓国人自身の新聞が発行されていたのでしょうか。
ただ、先刻御承知かもしれませんが、記事については、小熊英二さんのサイトに、小熊ゼミの学生さんが、日韓併合を、大日本帝国の新聞記事はどう表現したかを分析した論文があります。

「内なる他者」の解体分析〜日韓併合期の対朝鮮言説から(佐藤真理)

http://www.sfc.keio.ac.jp/~oguma/top.html


近況報告 投稿者:武田徹  投稿日: 4月 1日(月)01時01分23秒

 書店に並ぶのは4月20日ぐらいになりそうで、まだ気が早いのだけれど、昨年から手掛けて来たハミル翻訳本のページを作りました(トップページに一度戻ってから入れます)。まだ予告みたいな内容しかないけれど、発売前にも少しずつ整備して行くつもりです。
 ハミルの本はタブロイド紙を切り口に新聞を論じたもので、タブロイド紙の伝統(夕刊フジとか東スポとは異なるものです)もなければ、都市が新聞をフランチャイズする習慣もない日本にいると、ずいぶんと事情が異なっていてそれを知るだけでも面白いのですが、一種の鏡のような機能もあって、いろいろと日本の新聞のことを考えさせられました。
 たとえばハミルは移民と新聞の関係について非常に詳しく検討している。日本の新聞では移民への対応が問題になったことはなかったけれど、たとえば琉球とかアイヌとかを皇民化してゆく過程で新聞はどう関わったのだろうか。あるいは日韓併合や、満州国の新聞事情はどうなっていたのだろう。ハングツや中国語での新聞発行は許容されていたのだろうか、などなど、アメリカの新聞史を踏まえることで、日本(人の境界>小熊英二)圏内の新聞事情についての新しい視角や問題意識が開かれる感じ。翻訳していて勉強になりました。まずは、ぼくの未来にとっていい仕事だったように思っています。ちゃんと読んでくれるなら読者もきっと同じような印象を抱いて頂けるのではないかと思っています。
 ちょっと気になるというか、相変わらず自分自身を不器用な奴だなと痛感するのですが、あとがきの解説で、ぼくはやや正直に日本の新聞事情を書きすぎたかも。そこに反感を持って新聞側が書評に取り上げないということがあったら、戦略上まずかったかもと気に病み始めています。いやいや、正鵠を射た指摘であれば、かえってそれをよしとして、「愛の鞭」を打たざるを得なかったぼくの気持ちも汲んで書評に取り上げてくれる気骨ある新聞人もいると思いたいのですが、どうなのでしょうかーー。これは本の持っている力と、日本の新聞人の意気に期待するしかないでしょう。
 あとネット関係ではNHKのディベートのサイトと、(たぶん)『変革の世紀』サイトにも記事が載っているはずです(すみません、本人がまだ確認していません)。

いやな感じ 投稿者:武田徹  投稿日: 3月31日(日)00時53分07秒

アラファト隔離される。CNNの携帯電話を通じた取材ではかなりの興奮状態だった。国連はアスラエルの撤退供給を決議。しかしここまでは毎度のことで、もう一歩の踏み込みが国連には出来ない。現地はどうなっているのか、どうなってゆくのか、イスラエルからのレポートを読みたいところ。
新幹線の中の電光掲示板ニュース速報ではベルルスコーニとマードックがドイツのキルヒを買収だとか。嫌な感じ。

京都・夜桜 投稿者:武田徹  投稿日: 3月29日(金)22時53分33秒

京都は東京よりも桜の開花が遅いようで、来てみたらまさに花の盛りである。で、観桜のために来たわけでは全くなかったんだが、花に誘われて夜になってから雨の中、清水寺、高台寺に出掛ける。夜間はライトアップをしているのだ。京都は日本の都市の中でソメイヨシノが一番少ない。結果的にソメイヨシノに席巻されずに多くの種類の桜が残っていて、花の見頃も長い。ソメイヨシノがまだまだ葉桜にはなっていない今の時点では、しだれ桜はこれからという樹が多い。ソメイヨシノの爆発的な花の賑わいに魅了されずに、多様な花の風情を愛し続けてきたという点だけでも京都の人はさすがだと思う。北山、東山までしか広がり得ない狭い都市空間の中でいかに四季の移ろいを味わい、都市生活と自然嗜好を両立させるか、悪く言えば箱庭的、よく言えば(言ってないか?)ミニマリズム的な、微細な変化を愛でる文化が育まれた。
それに比べ、東京はだらしなく広い。もしも皇居が京都にあったら、明治維新以後の日本の近代化は違う筋道を通っていたのではないか。オギュスタン・ベルクや和辻を引くまでもなく、感性風土が歴史に及ぼす影響の大きさは京都にいると実感できる。

あ、間違えた 投稿者:武田徹  投稿日: 3月28日(木)00時39分35秒

北野氏と増井氏の所属はソニ−サイエンスラボじゃなくて、ソニーコンピュータラボですね。ちなみに北野氏がカーネギーメロンで研究していた同時通訳ソフトでコンピュータアンドソート賞を取った後に、日本で博士号を取ったのが京大の長尾さんのところでだったと思います。京大は機械言語処理の研究では伝統があるんだけど、もしかしたらそのあたりがちょうど京大にも例文マッチングの方法論が流れ込む時期だったのかも知れない。ぼくはもう言語学からは離れてしまっていたので疎いんだけど、オムロンが共同研究し始めたのもそのころなのかしら。「たかが」ケータイの日本語変換だけど、結構、長い歴史が後ろにはあるように思います。ちゃんと調べて書きたいところですよね。

追加です 投稿者:武田徹  投稿日: 3月27日(水)23時58分07秒

POBoxの辞書は京大ーオムロン系の日本語連文節変換プログラムWNNの血が入っているようですよ(オムロンソフトのWEBに辞書作りに協力という表記があります)。これは80年代から研究スタートしたものですから、用語法のサンプリングはかなり蓄積されていると考えて良いのではないでしょうか。
ただPOboxケータイの場合は、一般的な用語法というよりも、hdtmrさんもいうように、ケータイとかメール利用者の語彙を、言い過ぎかも知れませんが、気持ち悪いくらいに押さえているって印象ですよね。どう作ったんでしょうね。

Re:書き込みありがとう 投稿者:hdtmr  投稿日: 3月27日(水)22時42分28秒

武田様

間違いを指摘するつもりではなかったので、多少恐縮してます。URLの件もお手数おかけしました。

>>でも、hdtmrさんも、ヒット率かなり高いと思いませんでしたか?

思います。書き込みのあとに少しいじっていたのですが、デフォルトの変換候補が携帯メール用によく考えられてるという印象を受けました。以下、例です。

・あ→アドレス、ある、あり、あっ、あります、ありがとう…
・か→買う、から、方、かも、会、感じ、会社…
・ひ→人、ひま、必要、日、久しぶり、表示、品…
・つ→って、っていう、っていうの、っていうか、っぱなし、っ子…

数年前にPalm版のPOBoxを試したことがあるのですが、ペンで字を書く→変換候補をタップするという流れがまどろこしく、一度使ってそれきりになってました(辞書もよくなかった)。ところが携帯で使ってみると、テンキーで文字を入力する(ボタンを押す)たびに、次々と違う言葉が表示されるのが気持ちいい、というか楽しいので、変換候補の優秀さと合わせてこれなら使えるかな、と思ってます。ジョグダイアルというハードとの相性も良いし……と、ソニーの回し者みたいになってきたので、このへんで失礼します。

書き込みありがとう  投稿者:武田徹  投稿日: 3月27日(水)21時41分55秒

hdtmrさま
確かに、ちょっと正確さを欠いていましたね。すみません。だいたいこんな感じということで書いてしまい、新品でチェックしたわけではないので、確かにデフォルトの状態ではないです。学習の成果であると思います。実験するつもりではなかったのでメモを取りながら操作しておらず、使ってみて変換のヒット率の高さに驚き、改めて、その状況のシミュレーション的なものを書いたつもりだったのですが、そのへんは誤解を招いて申し訳ない。「たとえば」の一言でもあれば良かったのですが。
でも、hdtmrさんも、ヒット率かなり高いと思いませんでしたか? 「め」の入力で「メール、目、名、メンバー、メディア、メッセージ、メモリ、メーカー……」という変換候補順がデフォルトの正確な表示状況のようですが、それにしても、よくケータイで書かれそうな字句を優先順位をつけて選んで来ていると思うのですけど。
技術情報の件、ありがとうございます。ホットリンクがそのままでは使えないみたいなので(カッコが邪魔なんでしょうか?)改めて書きます。
http://www.csl.sony.co.jp/person/masui/OpenPOBox/doc/index.html
ですね。
ここに書かれた範囲ではあまり詳しいことまでは分かりませんが(ざっと見ただけなので、見落としているかもしれませんが)、リンク先の論文などを見た感じでは、操作履歴を蓄積させ、それを候補順に反映させた例文辞書をデフォルトで持たせて出荷しているのではないでしょうか。で、ユーザーの手に渡った後には、その人の操作履歴は学習機能で例文辞書に追加して行く。
そうだとしたらやはり意味連関とかカテゴリーマッチングを取って行くようなパラダイムを意識した初期の「意味論的」な機械言語処理の方法ではなくて、どちらかというとシンタグムしか重視しない「統語論的」なメカニズムのような印象を感じました(ちょっとふるい言語学用語ですが)。発案者は北野氏ではないけれど、同じソニーサイエンスラボの同僚の方ですね。大容量メモリーにものをいわせてリアルタイムで言語処理して行く方法は、北野氏がかつてコンピュータアンドソーツ賞を取ったときのアイディアですので、それなりの影響関係はあるのかもしれません。シャープからヘッドハントしているところとかどうなのかな?

Re:入力予想変換 投稿者:hdtmr  投稿日: 3月27日(水)19時22分33秒

はじめまして。いつも読ませていただいているものです。
ソニーの入力予測変換機能「POBox」について技術情報も含む開発者のページがあります。(http://www.csl.sony.co.jp/person/masui/OpenPOBox/index.html)

ちなみに、私は先週末にPOBox搭載機種(So503is)を購入したばかりで、ほぼ初期状態だと思うのですが、「め」を入力したところ「メール、目、名、メンバー、メディア、メッセージ、メモリ、メーカー……」といった順序で変換候補が表示されました。POBoxの変換候補は使用頻度で登場順が変わってくるはずなので、「メールアドレス」や「変わりました」といった候補が表示されるのは、携帯の持ち主の方が最近そういう内容の文章を作成したからじゃないかなと思います。

検索すればすぐわかるようなことで恐縮ですが、ご参考までに。

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