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4月26日記 投稿者:武田徹
投稿日: 4月26日(木)19時40分52秒
マスメディアと世間は、それこそ小泉新首相の動向に興味津々で注目しているが、ここでちょっと引いて考えてみてほしい。なぜ森に幻滅したのか。なぜ小泉に期待するのか。そうした幻滅や期待が深かったり、大きかったりすればするほど、それはぼくたちの中央行政府に対する依存の大きさを表しているのではないか。政府なんか小さい方がいいとか、地方分権の確立をとかかけ声ばかりが高いけれど、やはり中央政府がきちんとしてくれなきゃと思っちゃう習慣は抜けない。そう期待し、依存している限り、小さい政府なんてできないし、本質的な地方分権も進まない。一極集中を批判するのは易いが、自分たち自身の潜在的な一極集中マインドみたいなものを自覚した上で、戦略的に脱構築してゆかないと次のステージに進むのは難しいように思う。マスメディア、大衆社会と強権的な中央政府とのある種の共犯関係のようなものができていて、批評や改革が上滑りしている事情があるのではないか、と思ったりするのだ。
それはさておき、いよいよGWだなー。今年はコンパクトだけど、大学などが休みになるのでやっぱりわくわくする。休日中に締め切りはないし(明けに集中しているのだけどまだ実感はなし)、せっかくの時間ができるのだから、あれして、これしてと今から考えている(昨日も書いたけど)。今日は図書館巡りしてずいぶんと本を仕入れてきた。で、考えてみたいことのひとつがジャック・デリダが「幽霊とは記念日のようなもの」と言っていること。これってどういうことなのか。デリダは前期こそしっかり読んでいるけど後期になるとぼくは論旨を見失ってしまっているのだけれど、記念日の多いGWだからこそ、これもちょっと考えてみようか、ともくろんだりしている。彼の「幽霊」というのは心霊写真とかとは無関係で、再来するもの、つまり複製物=シミュラクラなんかとと関係のある概念なんだけど、案外と、現在浮遊している他の(デリダ的な考えかたを待つまでもなく)幽霊的なもの、貨幣とか核兵器(ジャック・アタリの『核兵器という幻想』もこの休みで読むつもり)とかを考える上で役に立たないかと思ったりする。
本日のBGMはフィッシュマンズ『空中キャンプ』
武田徹
Don't trust anyone over thirty 投稿者:武田徹
投稿日: 4月25日(水)22時08分17秒
自分自身の言葉に逆襲されるということがよくある。
以前、ザクロから作った健康食品が人気で、老化防止効果があるとして特に団塊世代の女性に愛用されていたことがあって(あったんですよ、そんな流行が少し前にーー)それについてのコメントを新聞(産経新聞の大阪社会部だったと思う)に求められた。そのときぼくは、団塊世代の老いへの恐れがそうした需要の背景にあると述べた。
団塊世代は日本で初めて若さが自分たちのアイデンティティになった世代だ。若いからこそ戦争を知らない世代であり、古い道徳に縛られない新しい自由な価値観を体現できると考えられていた。そんな団塊世代にとって老いることが成熟、円熟だとは思えない。それは若さから離れるマイナスのベクトルだ。若さを根拠に、年長者の世代を敵視してきた彼らは自分たちが老いることを認められない。だから老化防止食品に熱中するーー。そんなコメントをした。
そうした若さこそ真であり、善であり、美であるという価値観はそっくり団塊ジュニア世代に受け継がれている。ぼくは団塊ジュニアの聞き取りを結構やってきたが、彼らもまた親たちと同じように老いを恐れる。しかも若さの年限が一段と短くなっている。今だから遊んでいるのだ、大学生になったらもうおとなしく生きるーールーズソックスの高校生たちはそう言っていた。その時にはカッコつけていただけかもしれないが、その言葉がやがて自分をさいなむ。大学生活はけだるい、「祭りの後」になる。
さらに後の世代になるとそうした傾向は一段と助長され、SPEEDのメンバーだった誰かさんは中学生になったら「おばさんになった気がする」とコメントしていた。今がいい、若いから輝いてられる、そう口にした言葉に逆襲されるように、かつて考えていた「若さ」を通り過ぎたとき、早すぎる老衰が訪れる。
さて、団塊世代から団塊ジョニア世代、そしてさらに若い世代へ、そうして時を経るごとに重篤化してゆく早熟早期老衰傾向に関してはぼくの世代も無関係ではない。ぼくの世代も、つまりぼくも若いことをアイデンティティにしていたということでは団塊と団塊ジュニアを結ぶ線上にある。かつて新聞に応えたコメントの言葉に逆襲されることからぼくもまた逃れられない。後なにがどれくらいできるのかと考えてしまう。特にGWみたいに少し時間が空く時期を前にする今のようなタイミングではなおさら。
武田徹
今日のBGM。RCサクセション『最強』(「トランジスタラジオ」なんてもう石川啄木みたいだ。完全に古典!)、ACO『Kittenish Love』、ピチカートV『さ、え、ら ジャポン』(しかし、はっぴえんどの「愛飢を!」でピチカートが終わっちゃうとはねぇ。なにしろカキクケコココですぞ!) Cocco『クムイウタ』
評価法について 投稿者:武田徹
投稿日: 4月25日(水)14時48分21秒
今年度もまたICUで調査報道をモデルにした文章表現講座みたいな授業を担当しているんだけど、ひとつ思い知らされたことがあった。授業を履修していいか、事前に相談にきた学生がいて、彼は帰国子女どころかアメリカベースで生活している日本人であり、短期留学的に日本にきているのだという。で、日本語の授業をとって一応な会話はできるようになったので、さらに書き方も学びたい。しかし自分のような立場の学生でも履修してよいのかという相談だった。
彼の日本語を聞いて、最初は正直、ちょっと難しいかなとも思った。すでに日本語で表現が一応できている学生を対象にして、さらに文章の魅力化とかを教える授業なので、基本的な日本語力がないと参加するだけでもきついだろう。だいたい僕の話し方も相当いったりきたりするので難儀だと思う。時間も限られているので、そういう学生も落ちこぼさないように丁寧に授業できるわけではないので、どうかなとも思ったが、翌年にはアメリカに帰るというので、悔いが残るようだとかわいそうなので一応でてみたらとアドバイスした。
で、彼は元気に4月からの授業に出席している。大変そうだけど、なんとかやってる。でも彼と話してみて改めて感じたのは、日本語力のチェックが必要だったのではないかということだった。昨年度は幸いにして日本語表現に苦労するような学生はいなかった。それは書いたものをみればわかった。しかし今年は事前に相談して来た学生だけでなく、日本語を使う経験が今まで多くなく、日本語をまだ道具としてうまく使って表現できない学生が何人か含まれているようだった。
で、問題は彼らをどう評価するかだ。レポートの出来だけで評価すれば明らかに低い点しか付けられないだろう。驚くべき誤字があったり、表現がおかしかったりしてして心証はめちゃくちゃ悪い。構成力も劣る。しかし、彼らは彼らなりに努力し、力を伸ばしている可能性がある。それをどう評価すればいいか。
で、今年は最初の授業の日に「日本語経験」に関するエッセーを書いてもらった。日本語について論じるときに、たとえば自分の海外経験を書いてくれれば事情がわかるし、書いたものを読んでもその日本語力はうかがいしれる。そしてその最初のエッセーの状態からどれくらい進歩したかで評価するという方法を採用しようと思っている。要するにスタートラインの違いを考慮するということだ。
これはほかの授業でも採用すべきものなのではないかと思う。同じ大学に入れたからといってそれぞれの学生の持っている能力や知識が均質なわけではない。総合的な試験成績が合格点だったということで科目ごとの凹凸は当然あるだろう。そしてそれは彼ら自身の責任である以上に人生経験の問題だったりする。日本語を使わない人生だったら当然、母国語として修得することはできないが、それと同じようにある科目でもいい教師に巡り会えたかどうかで実力はかなり異なるだろう。そうした経験の違いによってスタートラインの位置が変わってくる。そうした違いを考慮してやる必要はあるのではないか。もちろん自分の力が今の日本社会の中でどれくらいかということを知らせるという意味で、個人差のすべてをならしてしまって同じ尺度の上で点を付けることも必要だろう。で、そうした冷徹な採点法と、その授業の前後でどう進歩があったかを評価できるシステムを合わせて採用する。そんな必要があるように感じる。それまで、いい経験ができなかった学生は不遇だ。しかしそれは巡りあわせに恵まれなかったのであり、その責任をすべて本人だけにおわせ、結局、大学での成績も芳しくなく、それが巡り巡って就職活動でも不利になるような結果になってしまうとしたら、なんとも心苦しいものがある。
ICUのようにかなり学生の過去の経験値に散らばりがある大学で教えていると特にその必要性を感じるのだが、そうした人生経験上の不遇を補ってやる視点の必要性というのは普遍化できる問題ではないか。そういう視点がでてこないことにも日本人の妙な均質化幻想のようなものの悪弊を感じないではないのだ。
武田徹
(無題) 投稿者:カゼ
投稿日: 4月23日(月)18時44分14秒
黒崎さん、ラッタッタ信玄さん、2ちゃんのURL、ありがとうございました。
私は、ネットはあまり利用していなかった活字人間で、朝日新聞と日経新聞などは隅から隅まで読む人間なのですが、2ちゃんのことも、サイバッチのことも、つい最近まで知りませんでした。
http://cocoa.2ch.net/hoken/index2.htmlの掲示板を見て思いましたが、「いろんなことをごちゃごちゃ書いてて、よく分からない、ノイズ情報が多い」「新聞などでは、要点を分かりやすく書いてくれてるが、こういう掲示板は、有用な情報を読み取るのに時間がかかるな」という印象を受けました。
それに対して、この武田さんの掲示板は、みな、文章がこなれていて、私のような活字人間にも、十分分かりやすい。この掲示板がネットでは「特殊」なのでしょうか?
URLなど 投稿者:黒崎
投稿日: 4月22日(日)07時58分12秒
>ガセさん
特に盛り上がっているのは以下の2つです
http://cocoa.2ch.net/hoken/index2.html
http://yasai.2ch.net/event/index2.html#4
>日本生命が、チャンネル2というBBSを提訴したことは新聞で見ました。
>その関係での取材から話が始まったのかな、と思 いました。
と、いうか、オンライン・ジャーナリズムの話をするときには、常識という
感じなんです。
マスメディア論の話をするときには、「今日の朝日の社説は……」という
感じだと思います。
たとえば、CNNはウエッブだけで、300人のスタッフがいるそう
ですが、日本ではテレビも、新聞も、雑誌も、ネットを「本業」のおまけ
としか考えていないし、社内での位置付けも低いです。
独自性も、戦略もない。ウエッブ作りも「紙の発想」から抜け出てい
ません。紙や動画をそのまま、ウエッブに移しているだけなんです。
みんな、金をかけているから、「きれい」なんですけどね(^^ゞ
で、もし、日本の場合は、オンライン・ジャーナリズム論というテーマで語るべき
ものがあるとしたら、先の2つとなるわけです。
アメリカだと、タイムやCNNなど、雑誌やテレビ系の勢いがあります。
個人だと、クリントン不倫スキャンダルのドラッジ・レポートの他にも
いつもおもしろい個人サイトがあります。
>武田さん
もう少し、内容を練りこんでからまたご相談しますね
>武田さん
内容をもう少し詰めてから、また、ご相談しますね。
追加情報 投稿者:武田徹
投稿日: 4月21日(土)21時53分51秒
2ちゃんねるはメルマガやってますので登録しておくと、主宰者<ひろゆき>氏が取捨選択した2ちゃんネタを届けてくれます。ここしばらくは裁判ですね。サイバッチは以下で登録など出来るようですよ。
HP(登録・解除):<http://move.to/cybazzi>
武田徹
Re: インターネット初心者の意見 投稿者:ラッタッタ信玄
投稿日: 4月21日(土)12時37分48秒
カゼさん、はじめまして。ラッタッタ信玄と申します。
>なお、2チャンのアドレスは、ヤフーでわかったのですが、
>そのにアクセスしても、日本生命が問題にしている書き込
>みがどこにあるのか
私は、いつも訪れている
ヘイ・ブルドッグ
の中の、
「過去の仮想日記」20010330
でニッセイvs2ちゃんねるをしりました。
インターネット初心者の意見 投稿者:カゼ
投稿日: 4月21日(土)12時07分55秒
黒崎さんと武田さんの議論、大変、興味深く拝見しました。
日本生命が、チャンネル2というBBSを提訴したことは新聞で見ました。その関係での取材から話が始まったのかな、と思いました。
ただ、私には、2チャンというBBSにアクセスして、日本生命が問題にしている「書き込み」を見るための方法(アドレスなど)がよく分かりません。また、「サイバッチ」というのも、よくわかりません。
今後、2チャンやサイバッチを出すとき、一度でいいですから、URLを書きこんでもらえませんんでしょうか。
なお、2チャンのアドレスは、ヤフーでわかったのですが、そのにアクセスしても、日本生命が問題にしている書き込みがどこにあるのか、全く分かりません。どなたか教えてください。
↓補足 投稿者:武田徹
投稿日: 4月20日(金)17時44分21秒
黒崎さん。下の書き込みの補足ですけど、この種の話はこれからはメールにしませんか。もう間違えないでアドレス書きますから(笑)。
武田徹
オンラインジャーナリズム論 投稿者:武田徹
投稿日: 4月20日(金)16時30分49秒
黒崎さん
話が急展開していて驚いています。でもなかなか刺激的な提案ですね。
ぼくは個人的にはオンラインジャーナリズム本ではなく、ジャーナリズム論で一冊書いておきたいなぁと前々から思っていて、そのなかにオンラインジャーナリズム論も入れるつもりだったのですが、オンラインジャーナリズムを論じれば当然、ジャーナリズム一般も視野に入ってきますので、これはどっちがいいかは戦略的に判断すればいいんでしょう。
ただ問題はやはり時間的なことかな。責任をもって本腰を入れて関わるとなると、もう少し後(夏以降?)にならないと正直言ってきついかもしれません。もっとも、2ちゃんとサイバッチ!をメインにして、それ以前の掲示板サイトを含むと言うことですと、確かにあめぞうはぼくも取材していますが、それも含めて明らかに黒崎さんの方が経験もあるし、お詳しい分野ですので、常識的に考えてぼくが関わるとしてもあくまでも一部分のみの担当と言うことになるでしょう。それならある程度前倒ししてでも可能かもしれません。そのあたりぼくのコミットメントの度合いも含めて、少し検討してみてください。版元?の要望とかもあるでしょうし。こちらも考えます。
東浩紀いうところの「郵便的」を体現したように消えてしまったメールはぼくのアドレス入力ミスですかね。大いにありがちです(笑)。でも宝島のプロフィールを見て手入力したのではなく、この掲示板にお書きになったアドレスから一応コピペして送信したつもりだったのですが・・・・。不達メールも戻ってきていないし、謎です。どこか別のところに届いちゃったのでしょうか。あるいは、ホットメイルってやたら遅れることがあるので、不達の報告も遅いのかな?
では、とりあえず。
武田徹
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