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粥川さん、書き込みありがとう 投稿者:武田徹 投稿日:
2月20日(火)15時56分51秒
粥川さん。書き込みありがとう。やっぱ問題発言ですか(笑)。
それにしても沢木は面白い存在ですよね。まとまって書いたことは生憎ないのですが、彼の仕事をみていると、事実へのこだわりをすてればこんなに楽になるんだよという「悪魔の声?」が聞こえてきそうで強い興味を感じています。たとえば『深夜特急』は果たしてノンフィクションか、時間をおいた執筆であそこまでディテイルが描けるものか、そんな話を昨日もICUの学生としました。岩上安身のロシアものなんかは明らかに脚色している痕跡が残っているけど、沢木はやはり格段にうまい。そこにおそらくは毒も潜んでいる。
ご教示の本は時間が出来たら探してみます。まだちょっとNYの後遺症で準軟禁状態なので。
武田徹
マンガとノンフィクションとジャーナリズムと 投稿者:粥川準二 投稿日:
2月20日(火)10時58分20秒
武田さん、こんにちは。
僕も『モーニング』は結構好きです。でもちょっとパワーダウンしているかなと思います。「そ
れはエノキダ!」なんて、このタイトルに変わってからはあまり面白くなくなったし……。僕が
最近楽しみにしているのは、隔週の『スーパージャンプ』なんですが、この雑誌ってちょうど僕
の世代を狙いすぎていると思いません? つまり30代を。『スーパージャンプ』には僕らが小学
生や中学生のときに読んでいた『ジャンプ』に載っていた作品の続編が2本も連載されているん
ですよ。ま、僕もそれにつられて「リンかけ2」なんかを毎号楽しみにしているのですが(苦笑)。
別の雑誌連載に、「ウィード」や「キン肉マン2」という作品もあるようですが、これも僕の世
代の『ジャンプ』連載作品の続編。こういう傾向って、大人になっても活字の本を読まない者が
多い僕らの世代を、なんとか顧客としてつなぎ止めようとする出版社の戦略なのでしょうか。つ
まり、マンガ編集者の企画力不足や大御所マンガ家のアイデア枯渇だけが原因ではなく、活字離
れの現れでもあるのではないか。
* * *
「よっぽど面白い対象でないない限り事実にこだわる価値なんかないんじゃないのと、ぼくがい
うと問題発言か」
問題発言ですよ(笑)。読み物としての「ノンフィクション」ならそれでもいいかもしれないで
すけど、「ジャーナリズム」には、多くの人にはあまり興味を持たれていない対象であっても、
そこに潜む大きな問題点をえぐり出すという役割が与えられていると思います。でももちろん、
「ニュースやワイドショー番組の時間的枠や、新聞紙面を埋めるために報道するものを探す」と
いうのは僕も本末転倒だと思います。
「よく調べて書く秀才肌の人は多いんだけど、突き抜けた感覚と出会えない」というのは、ちょっ
と耳が痛いです。実はいま僕も単行本を執筆中なのですが、「よく調べて書」いているという自信
はあります。しかし、マスコミが紹介していない重要な事実とそれに対する僕なりの評価を提示す
ることで精一杯というのが正直な感触。できることから順番にやろうと思っています(完成したら
献本します)。最近、友人で“アザを持つジャーナリスト”として知られている石井政之氏が、
『迷いの体 ボディイメージの揺らぎと生きる』(三輪書店)という新刊を出したのですが、これ
はまさに彼の「突き抜けた感覚」が現れた本です。少なくとも最近の障害者本とは明らかに違うテ
イストの作品です。もしよければ。
「妙にロマンティックな文体のノンフィクション作家」がもてはやされている傾向は、僕も問題だ
と思っています。小説以外の書き手を目指す若い人たちが社会問題から逃げてカルチャーや人物ば
かりを書きたがる傾向があるようですが、もしかすると沢木耕太郎をはじめとするそうした「作家
(not
ジャーナリスト)」たちの悪影響もあるのではないかと思っています。武田さんは授業で
「沢木耕太郎論」を話すそうですが、お時間があるときにでも、この掲示板で彼についての持論を
紹介してください(先日の朝日以外で、過去に書かれたものがあったら教えてください)。
では。
サトラレ他 投稿者:武田徹 投稿日:
2月20日(火)00時37分59秒
ぼくは『コミックモーニング』を愛読しているんだけど、年に何回か失敗する。漫画雑誌は毎週で確実に出ているわけでなく、何度か休む。で、モーニングの場合には、休刊時に『コミックモーニング新マグナム増刊』という若手の登竜門的作品を掲載した雑誌が出る。いつもそうと気付かずに買ってしまい、読み始めてから様子の違いに、ああ、またやっちゃったと思うのだ。
だが正直なところ最近は失敗したという感じは薄れている。むしろマグナム増刊の方がいい作品がある。たとえば『サトラレ』。今度m映画化されるらしいが、さもありなんで、この作品の着想はすごい。普通は心が読める人が主人公になるのだが、心が読まれてしまう人を主人公に据えた。この異色の設定がドラマに鮮やかな新しさを生み出す。奇抜さだけでなく心理描写も細かい。この作品の前ではモーニング本誌がむしろ色褪せる。互角に戦えるのは天才柳沢教授ぐらいだが、週刊連載は出来ていない。
そして今回の号では『兄とジョウゴ』という読み切りも良かった。これも設定がぶっとんでいる。設定で勝負して、あとは自動的にストーリーが転がって行くような作りが若い漫画家の定石になっているのか。もちろん全てがいいわけではなく、青木雄二賞を獲得したという『肛門売ります』は青木の評価の割にさえなくて、タイトルの思いつきだけの作品だったが、審査員は賞を自分を超えない才能に与えると言う傾向は漫画の世界でもあるのだろうか。ただこの作家も才能はあると思う。モーニング本誌の『ぶっせん』もそうだけど、もう一皮剥ければと、見ていてもどかしい、身体がかゆくなる?感じだ。
こういう新鮮な作品に触れられる我が身の幸福を思い、そして漫画家はいいなぁとつくづく思う。それに対してノンフィクションなんか本当に枯渇している感じ。よく調べて書く秀才肌の人は多いんだけど、突き抜けた感覚と出会えない。4つ玉ビリヤードみたい。よっぽど面白い対象でないない限り事実にこだわる価値なんかないんじゃないのと、ぼくがいうと問題発言か。でも少なくともニュースやワイドショー番組の時間的枠や、新聞紙面を埋めるために報道するものを探すというのは本末転倒ですよ。
武田徹
韻文革命 投稿者:葉月みか 投稿日:
2月19日(月)01時07分16秒
武田様
早速のお返事、ありがとうございました。
先日の書き込みで舌足らずなところがあったかと思いますので、また書き込ませていただきます。
まず、「職業としての詩人」についてなのですが、やはり誤解を招いてしまったようですね。
きちんと言葉を補わなかったことを反省しています。
確かに、現在の出版物の流通ベースに、詩はまったくと言っていいほど乗っていません。
それこそ谷川俊太郎氏くらいしか、詩だけで食べることの出来ている詩人はいないでしょう。
非常に残念ですが、それが現実です。
けれども、一人の詩を愛する者として、この現実を甘受するのは嫌なのです。
ネット上には星の数ほど詩のHPがありますが、一般的に(特に私と同年代)詩は「暗い」「かっこわるい」「なんか恥ずかしい」と捉えられていると思います。
それなら、私がそれらのイメージを払拭して、詩を取り巻く現在の状況を変えて見せる。
詩を流通ベースに乗せて、今より多くの人に詩を読んでもらえるようにしてやる。
私には、こんな野望があるのです。
だから「職業としての詩人を目指す」という表現を使ったのです。
実際には、詩だけ書いて生活するというのは、もし可能であったとしても望むところではありません。
そんな環境では、逆に何も書けなくなってしまうような気がします。
けれども、「職業にならないからこそ、詩人としての肩書きには精神性が宿る」という武田様のご指摘は、もっともだと思いました。
がつんと来ました。貴重なお言葉ありがとうございます。
なんだか偉そうなことを書きましたが、要は自分の作品を一人でも多くの人に読んでもらいたいだけなんですね。
どんな著作物も(文芸作品にしても記事にしても)読み手なしには完成しないと思うので。
それにはまず、出版しなければならないのですが(笑)。難しいですね。
現在、作戦を模索中です。
それからジャーナリズムと修辞技術についてですが、私も武田様とまったく同意見です。
ジャーナリズムはあくまでも現実を映し出すために、冷徹に言葉を選択しなければならないと思います。
(なかなか出来ないのですが… 笑)
ジャーナリズムに求められているのは、耳に美しい言葉たちではないのですから。
だから、私も詩とジャーナリズムは切り離して目指すべきものだと考えています。
下の「孤立を恐れず、連帯を厭わず」にあるジャーナリストとしての心構えには、本当に感動しました。
それと同時に、武田様のようなメディアやジャーナリズム自身に対しても厳しい批評眼を持ったジャーナリストの方々が生きにくい現実は、とても残念というか悔しいものです。
最後に、なぜ私が武田様に拙作を読んで欲しいと思ったのかについて書かせて下さい。
まず第一に、武田様が誠実な方だとお見受けしたからです。
私のような若輩者が申し上げるのもなんですが、それはこのHP一つを見ても良く分かります。
第二に、あえて文学を専門にしている方ではない方からの意見を聞いてみたかったこと。
表現技法についての評価や添削には興味がありません。
そんなものは誰かから指南されるよりも、書きためていく内に自然と自分なりの理論を勝ち取れると信じているからです。
それよりも詩そのものに宿る精神や、言葉からイメージされるものの方が、私には大切なのです。
第三に、ジャーナリスト武田徹氏への純粋な憧れです。
いや、もう読んでもらえるだけで幸せというか(笑)。
感想についてはなくても構いません。武田様のお仕事の妨げをするつもりはありません。
もし読んでいただけるのなら、メール環境などを教えていただけると幸いです。
長くなりました。この辺りで失礼致します。
葉月みか
もっとまとまった動き 投稿者:ばん まい 投稿日:
2月19日(月)00時55分06秒
武田さま、当所を御覧の皆さま、こんにちは。
この掲示板が「巻き込んで行く」役目を少しでも果たせればいいと思うのだ
が。
現実的には、「巻き込まれている」様が見受けられないと「巻き込み」
は実感できず、従って、もっとまとまった動きが生じているという手応えも
ありませんね。
現時点ではそうやって、対外的に訴えでてみたところで手応えがないことが
多いのかもしれません。
そんな状況にあってまとまった動きへの手応えを得
るには、やはり、これはおかしいと思う人が、連帯を厭わない態度を表明する
必要があると私も思います。
報道人として文筆家としてXXXとして個を貫き
たそうな人は結構この世に居て、「自分は自分に出来ることを一生懸命に
やっています」という、孤立を恐れぬ態度を見せているような気がします。
孤立を恐れぬ態度はよいとしても、そうやって己の個を貫くだけでは、まと
まった動きは生じない。
たとえば当所に武田さんの主張を読んで、「そうで
すよね、私も頑張ります」と、心の内に誓うだけでは、あちこちに「巻き込
み」たい渦がチラチラ生じているだけという気がします。
もっとまとまった動きのためには、多分チョット鬱陶しい連帯を、実に厭わず
に形成する必要があるのかな。
それとも、あちこちに「巻き込み」たい渦が
生じさえすれば、あとは連帯を意識せずとも渦はまとまってくるものかな?
孤立を恐れず、連帯を厭わず 投稿者:武田徹 投稿日:
2月18日(日)15時40分14秒
朝日(その後、インプレスも担当編集者宛に色々言ってきていたことが発覚。インプレスの取材はぼくも行っているし、名刺交換もしているのに、なぜぼくに直接言わない?)がいろいろ言ってきたゲラには結論部分で次のような表現があった(まだ発売前だけど公衆送信権は特に個別契約しない限り著者にあるという現行著作権法をたて?に一部事前公開。ただし抄録です)。
***
取材相手の意見を正確に伝えることはジャーナリズムの必要条件だが、十分条件ではない。ジャーナリストが自分で見て、自分の考えを書いて行く。そして取材相手自身が気付いていない真実、大きな状況の変化まで露わにしてゆく。その域に達してこそジャーナリズムは独自の情報提供が出来る。
しかし当のジャーナリズム界の趨勢は、こうして求められているのとは逆方向に進んでいるように思えてならない。
かつて杉山隆男が『メディアの興亡』を書く題材にした電子製版技術導入期を越える激動期を迎えているジャーナリズムの現在。押し寄せる変化の大波の先に、接岸すべき地平はまだ見えない。
***
こうしてジャーナリズムメディア側の姿勢に異議を唱えている記事に、他でもない、ジャーナリズムメディア機関自身が自分都合で色々訂正を言って来る、その神経ってどれほど図太いのか。
もっとも訂正云々の具体的内容は、正直な話、もう別にどうでもいいと思っている。「たかが」一本の記事であり、それと共に心中しようと思うほど「青く」ないつもりだ。ぼくのやるべきことはもっとほかにたくさんあるので、ちんけな体面を守るために繰り広げられるくだらないアンダーテーブルの交渉にはかかずりあってはいられない。
「されど」それが大きな問題に触れていることはここに銘記しておきたい。ジャーナリストは取材相手のスポークスマンじゃないんですよ。情報を運ぶだけのポーターはジャーナリストではない。報告するだけのレポーターでもまだだめーー。そういう議論はアメリカのジャーナリズムの授業では常識のようにされているものらしいが、日本ではそこがメディア機関からして分からなくなっている。しかも分かっていない人の方が、いつのまにかむしろメディア機関内で主流になったりしつつある。
ぼくは前にジャーナリズム機関がドメインを取得するときになぜ.coで満足したんだろう、なぜ第三者性を主張して独自ドメイン制定をJPNICに主張しなかったんだろうと書いたことがあったが、皮肉なことに一般企業とジャーナリズム機関の差異はどんどん希釈されている。ジャーナリズムのスタンスの独自性はどんどん軽視されているように感じる。
そんな情勢だからこそ、これはおかしいと思う人、体制に流されずジャーナリストとして個を貫きたい人は、散発的な異議申し立てではなく、もっとまとまった動きをすべきなのではないか。この掲示板が「巻き込んで行く」役目を少しでも果たせればいいと思うのだが。
武田徹
名無しさん@朝日新聞 投稿者:武田徹 投稿日:
2月15日(木)16時21分31秒
朝日新聞に取材したら広報にゲラ見せろと言われた話は前に書いた。今回はその続報。
担当編集者がゲラをみせたところ、「デジタルビジネスに苦戦している」と書いたこちらの評価についてまで「事実ではない、修正しろ」と言ってくる。ま、この論法は予想していたが、予想外だったのが取材を受けた人物を「朝日新聞幹部」と匿名扱いにしろと言い出したこと。ここまで素敵なアイディアをお持ちとは正直予想していませんでした。
たとえば容疑者の実名報道が、家族へ被害が及ぶ可能性があるのでやめるべきだという意見が人権派のジャーナリズム論者から出ている。それでも一向に実名報道はやめないのに、自分たちに関しては取材を受けてから、記事のトーンがあんまり威勢の良いものでないと分かると、匿名扱いにしろってのは勝手すぎませんか? ぼくは朝日の現場の記者はよくしっていて、よく勉強しているし、しっかりした考え方の人が多いと思っている。しかし会社の対応となるとどうしてこう破綻してしまうのか。
そうそう、この前、スパに「ライスカレーとカレーライスは一緒だけど、会社と社会はずいぶん違う」という書き出しの原稿を書いた。この惹句は実はある社会学者が「新聞錦絵」と「錦絵新聞」の違いを論じるために引いていたものを使わせていただいたのだが、しかし、本当に会社と社会は本当に水と油である。社会ではとてもじゃないが通用しないルールだと分かっているはずなのに、なんで会社のこととなると通用してしまうと思ってしまうのか。
武田徹
散文と韻文とジャーナリズムと 投稿者:武田徹 投稿日:
2月14日(水)03時42分37秒
葉月さん。こんにちは。
詩は、ぼくにとってとても気になる表現ジャンルではありますが、あまり実りのある感想を述べる自信はないです。というのも文学専攻だった経験がないので、詩の評価として広く使われている用語法を知りません。印象批評よりもつっこんだ感想をお聞きになりたいのなら、ぼくよりも専門の方のほうが良いのでは。もちろんメールで送っていただければ、忘れた頃になってしまうかもしれませんが、何かレスはしようと思いますが。
お書きになったことで、ぼくの関心の範囲で書くと、ジャーナリズムと詩の組み合わせが面白いですね。存在感のある言葉を使える能力や技術は印象深い文章を書く上でとても強力な武器になりますが、ことジャーナリズムにとっては、その力が両刃の剣になると思います。説明を経ずに分かってしまうように思わせる修辞技術は、論理を越えた共感を育む面があるからです。かつての流行語である「近代化」、最近の「個性化」なども、もっとその内容を説明的に捉える習慣がジャーナリズムにあれば、ずいぶんと混乱を避けられたように思うのです。耳障りの良い言葉は繰り返されるうちに、なんかシュプレヒコールの号令のようになってしまって、批判意識の薄い人を麻痺させてゆくように思います。
ぼくはジャーナリズムの基本は愚直なまでに散文的(説明的)に書く決意と、持続力だと思う。あくまでもそれが出来た上でこそ、詩的な表現が生きるのではないでしょうか。
日本だとニンフィクション文学という言葉が成立してしまうように、ノンフィクションライティングを文学のカテゴリーに入れる習慣があり、妙にロマンティックな文体のノンフィクション作家が重宝される傾向がありますが、ジャーナリズムから離れて行く方向で修辞技術が使われるのはぼくはあまり感心しません。こういう考え方ってどうでしょうか?
あと「職業としての詩人」って、ぼくはあまりうまくイメージできません。コピーライターや作詞家以外だと、谷川俊太郎ぐらいしか、詩の原稿料や詩集の印税であるていど生活ができている人はいないのではないでしょうか。ぼくは職業にならないこそ、むしろ詩人という肩書きには精神性が宿って、際立って魅力的になるのではと思っていますが。
武田徹
初めまして 投稿者:葉月みか 投稿日:
2月13日(火)06時10分41秒
初めまして。葉月みかと申します。
武田様のお名前、雑誌や新聞などでよく拝見いたします。
ものを書く仕事への憧れから、当HPへ足を運ばせていただきました。
以後、お見知りおきいただければ幸いです。
私は、現在21歳の女子大生です。ジャーナリストを志しています。
そして、一方で職業としての詩人を目指してもいます。
唐突で非常に不躾だとは承知で、お願いがあります。
拙詩に目を通してはいただけないでしょうか。
お仕事がお忙しくてなかなかお時間がないと思いますので、もし可能ならばの話なのですが…。
お時間ができた時にでも、お返事いただければ幸いです。
勝手なお願いばかり書き連ねて申し訳ありません。
それでは、体調を崩さぬようご自愛ください。
かしこ
近況報告 投稿者:武田徹 投稿日:
2月14日(水)01時33分21秒
なんか忙しがっていて、なかなか掲示板を更新できない。で、申し訳ないのでせめてなんで忙しいかの報告と予告をかねて掲載先など。
NY前に書いたのは『読売新聞』用「ロボットとの共生」についてのコラム、『編集会議』用のオンラインジャーナリズムの現在、『スパ』用の新雑誌自社広告内のコラム「会社と社会について」、『週刊小説』用書評、東洋経済新報社のたしかムック用の書評、『グッズプレス』用テトロンについて。あと『週刊宝島』と『日経ネットナビ』は取材してかいて貰った。TVの話が一件あったけど、すっぽかした。この中では読売だけ先週の土曜もう出ているのかな。なかには20枚弱級もあってよくこんなに書いたと思いますね、我ながら。で、帰国後は『波』用の書評、さっき『日経』用のキャラクタービジネス批判のコラムを書いて、これから『プレジデント』の北野原稿。次が『21』と紀伊国屋書店の読書誌向けのの書評・・・・。あ、扶桑社の新雑誌のコラムもそろそろだな。というわけでまだまだありますが徐々に落ち着いてきてはいる感じ。これで儲かれば印だけど、資料買い込んだりで働けば働くほど貧乏になって行く体質は直らない。とはいえlpれらはそれぞれわが愛しい分身です。ま、お目に留まったら読んでやって下さい。
で、今、一番の望みは温泉だ。前に上野俊哉が日本に留まる理由は寿司と温泉だと語っているのを読んでカルスタの若き闘士も結構おっさんだなーと思ったけど、人のことを言えない。
武田徹
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