武田徹Official Web Site--オンラインジャーナリズム掲示板
LOG42

戻る


掲示板での削除について、他 投稿者:武田徹  投稿日:11月21日(火)18時16分02秒

結局1時間半遅れて京都駅到着。しかしそれからがまた大変。用事を紅葉の時期に合わせれば
見物も出来て一挙両得と思ったのが裏目に出て市内は大渋滞で更に遅れる。おまけに携帯電話
不調で連絡がうまく取れない。悪いことが重なると「厄年だからかな」と思う、悪い癖。結局、
講義は昼休みと時間を入れ替えて貰い、遅く始めた。申し訳ないす>学生諸君。
さて、先にぼくが既に掲示板で削除したというケースは、前の書き込みを全然読んでくれていな
いもの。前の言葉を踏まえてそれに自説を付け加えてくれてこそ、議論が建設的になる。その不
備とメールアドレスも書いてと告げたら、また反発の書き込みがあって再反論を繰り返したが、
最終的には書き手の人が消してくれと言ってきた。とうわけで一応は合意の上の削除でした。た
だ消えてなくなってしまう書き込みにかけた時間は二度と帰ってこない。ま、ぼくの時給なんて
たいしたものではないが。
それからメールアドレスについてはこう考えている。ぼくは匿名掲示板の存在価値を認める。そ
れは強いて言えば風俗店みたいなものだろう。(聖人ぶるわけではなくて、単に縁がなかっただ
けだとは思うが、ぼくは取材でしか訪ねた機会がないので想像含みで言うしかないのだが)、風
俗店に住所氏名を名乗って入る人は皆無だろう。それは、そこが社会と断絶していることをよし
とする空間だからだ。
現実に存在するものを示す言葉をロマン・ヤコブソンはシフターと呼んだが、そうしたシフター
を一切使わないことで、自律させた空間内に遊ぶ。ただ、そうした「居方」では必然的にひとつ
の制約を背負い込む。それはそこからは何も始まらないということだ。たとえばーー例が猛烈に
悪いけど、もし風俗店の女の子とお友達になりたければ、電話番号なり、本名なり、その人が現
実社会でどういう存在なのか示すシフターの情報を伝えなければならない。そうしなければ何も
始まらないということだ。
それと同じでアドレスなしでの掲示板利用も何も始まらない、始められない。ここはそうではな
く何かを始めて行ける掲示板であって欲しいとぼくは考える。だから現実と繋がるメールアドレ
スという回路を生かして置きたいのだ。
なぜメールアドレスすら書き込みたくないと考えるのか、みなさんもっと真摯に考えた方がいい
と思う。ただ書き捨てることで風俗店に行くのと同じカタルシスを味わいたいんだったら、それ
で全くよいが、たとえ匿名掲示板であれ、ぼくのみるところそう割り切れていない印象を覚える。
何かを伝えたい、おしかしたら自分の書き込みから何かが始まると良い、そんな気持ちは幽かに
であれ、そこに潜んでいるように思える。
にもかかわらず匿名を徹底し、アドレスを書かずにすませる。個人情報が露呈すると何か危険
があるかもしれないから? 確かに危険の可能性はゼロではないし、書き込んだアドレスが蒐
集されて妙なDMが届いたりする程度の可能性なら残念ながら結構ある。でもね、掲示板を身
元を伏せて使うものにしている以上は、掲示板はまともな議論をしたり、何かがそこから始ま
るものではありえない。信頼性が最終的に保証できない情報から沸き立つのは妙な噂だけで、
まっとうな議論は積み重ねられない。先にも言ったようにぼくは匿名掲示板の存在価値を認め
るが、一方で現実社会と断続しない掲示板もあっていいと思う。掲示板で議論されたことが現
実社会を変えて行く現実の力になってゆくためには、掲示板と現実社会が連続していないとだ
めだ。ここの掲示板はそういうものであって欲しい。
たとえばぼくと尾島氏の議論はともに実名だったし、本人同士の論争だったからこそ、その
やりとりに何かを思った人が、たとえば感想のメールを日経ホーム出版の役員に送るとかも出
来る。ぼくの言っている連続性とはそういうものだ。で、ぼくはそうした連続性を阻害するよ
うな匿名アドレスなしの書き捨てゴメン的な発言がそこに差し挟まれることを望まない。
それは掲示板をどういうものにしたいかという運営者の意志の反映であり、ご理解頂きたいと
ころだ。さて、みなさんはこれいついてどう思うだろうか。
武田徹


 投稿者:武田徹  投稿日:11月21日(火)07時18分32秒

と、勇んで東京駅まで来たら新幹線が走ってない!


ばんまいさんへ 投稿者:武田徹  投稿日:11月21日(火)05時56分23秒

ばんまいさん。
実はぼくはばんまいさんが削除するとお書きになっているのを見て「自分のところでも」と思ったのですよ(笑)。まさに「無言・無確認のalliance」でしょうか? ただその後、ばんまいさんは削除中止を宣言されていた。ぼくは既に最近の書き込みを削除しました。ぼくは議論が拡散傾向
を辿るのを、残念に思います。ひとつの書き込みに多角的にレスがつくのはもちろんいいのですが、だらしない書き込みで緊張感が落ち、論理が無駄に乱されることをもったいないと思います。それが削除を必要とすると考えたぼくの立場です。もう少し書きたいことはあるのですが、これから京都に講義に出掛けなければなりません。また。
武田徹


掲示板の運営について 他 投稿者:ばん まい  投稿日:11月20日(月)22時55分53秒

武田さま、当所を御覧の皆様、こんにちは。

武田さんが「一定レヴェルに達していない」投書を削除するという方針を打ち
出したお気持ちは、昨今の私にはよくわかります。 というのも、私の開設し
ている掲示板でも、ちょっとした騒動がありまして、その騒動をもとに私も
投書の削除を考えたからです。

拙掲示板への投書にて指摘されているように、私のものの言い方は「回りくど
い」ものなのですが、それは、投書を、無矛盾かつ論理的に書くことを心がけ
てのことです。 ですから、武田さんは私の投書を削除なさることはないだろ
うと自負しています。 しかしこの自負は、私の書くものが高「レヴェル」で
あることを認識していることから沸いたものではありません。

=====
私はその後、削除宣言を撤回しました。 撤回決定に至るまでは色々なことを
考えたのですが、私の場合、拙掲示板を訪れて下さる方には、「一定レヴェル
に達していない」投書も読んで、私のものに限らず「一定レヴェルに達してい
る」ものと比較し、「一定レヴェルに達する」にはどう書いたらよいかを
各々が自力で見出して欲しいと考え、投書の削除は一切(今のところ)やらぬ
といって、削除宣言を撤回しました。

武田さんのお考えと同様に、掲示板で自分の考えを書く技術、即ち、不特定
多数に自分の意見をより精確に伝える為の書き方のレベル向上に向けて、自分
が出来る範囲で貢献したいと、私も思っています。 武田さんと同じ事を考え
ているのではありますが、私は、「一定レヴェルに達していない」例も消さず
におくという方針を取ろうと思っています。

既存の、紙に印刷されたものには「一定レヴェルに達している」文章が掲載さ
れているものと推測します。掲示板への投書で「一定レヴェルに達していな
い」ものを残すというこの私の方針は、掲示板ならでは、かな?などと自分の
考えを養護しますが、当所へお出での方々も、是非、「レヴェル」の違いを
比較してみようとお考えでしたら、拙掲示板もご覧下さい。 そして、あれで
は比較にもならぬ(つまり、拙所には「一定レヴェルに達した」ものがない)
などというご批判を下さると幸いに思います。

武田さんの運営なさる当所の「レヴェル」には様々な点で及ばないと考えてい
る拙掲示板ではあります。 また、何も武田さんと私とで連盟・連携を誓い
合った訳でもないのですが、私は自分の掲示板を運営しながら、何か、当所と
拙所の「無言・無確認のalliance」を独り勝手に感じ、愉しく、また、頼も
しく思っています。 拙所は下記にございます。

http://www.cgigame.com/bbs/maiban.html


掲示板の運営方針を変えます 投稿者:武田徹  投稿日:11月20日(月)14時13分36秒

掲示板の運営方針を変えます。
今までも特定のHPへの誘導だけを狙うものや、「書き捨て」的なものは削除してきましたが、
今後は発言として一定レベルに達していないものも、削除します。
一定レベルというのは、「論理的に書かれているか」です。主張があり、それについての説
明の展開がテキストレベルできちんと追えるかどうかです。もっとぶっちゃけた言い方をす
れば、言いたいことが整然と「分かるか」、ちゃんと「伝わってくるか」どうかです。
「論理的か」どうかはぼくが判断します。「なんでお前が」と思われるかも知れないけど、こ
こはぼくが管理運営しているものだからぼくが編集長の雑誌のようなものですよね。で、レベ
ルの低いものは「掲載」しないということです。ただこの場合の判断はあくまでもテキストレ
ベルで書き込みがしっかりしているかどうかで、たとえば警察について書いているから削除するとか(誰かさんのこと?)、書かれている対象のいかんでは判断しません。もちろんぼくについて批判的な内容でも論理的なものであれば掲載します。つまりいわゆる「言論統制」ではなく、掲示板で書く技術ーー不特定多数に伝える書き方のレベル向上に向けて、ぼくなりに貢献したいということです。
「本当かよー」と思うかも知れませんが、ここでは一度、書き込みがあって、しばらく皆さん
の眼に触れてから削除するという方法を採ってゆくつもりなので、全く眼に触れないうちに発
言を抹殺するわけではなく、その過程で、ぼくが何を削除し何を削除しなかったかを見た上で、
ぼくの編集方針を理解して下さい。もし疑問があったらおっしゃって下さい。なお投稿した書
き込みは投稿者自身がコピーを取って置いて下さい。
メールアドレスに関しては、前から言っているように、ぼくは公開を原則とします。公開した
らたくさんメールが来てしまって日常生活に支障が出るとか思っていらっしゃる方がいて、非
公開の理由にされる場合がありますが、もしも本当に大量のメールが来るとしたらそれだけ
問題のある発言をした場合でしょう。そのような発言をする以上、コミュニケーションの回
路をあらかじめ断ってというのはフェアではなく、説明義務と責任が生じるとぼくは思い
ます。ただ、一般的にはむしろレスポンスがなくて淋しいというのが普通でしょう。ひと
つの発言に対してメールでレスしようと思うヒマな人は世間にそんなに多くありません。それ
が現実であり、現実感覚を失わないでいてほしいです。
で、おそらくはアドレスを書いてもそう問題がないだろうと思います。そうした判断の上でぼく
はここでメールアドレスを書いてくれと言っています。それは「編集長」であるぼくが個別に連
絡を取れる可能性を担保しておきたいと言うことが大きいです。その発言が元になって何らかの
動きがあった場合、対応を掲示板で公開しながら告知できない場合もあるでしょう。先に書いた
削除するかどうかで相談したいケースもあるかもしれない。そうした連絡の回路を持っていた方
が掲示板の運営をよい方向に進められるだろうと言う判断からです。ご理解下さい。
武田徹


 投稿者:武田徹  投稿日:11月20日(月)00時18分57秒

情報的に公開の価値があるものなら読んでみたいと思いますけど、私信の公開は慎重にして下さ
いね。内容を咀嚼するとか・・・・。老婆心ですが。
武田徹


あとできちんと書き込みます 投稿者:武田亨  投稿日:11月19日(日)22時34分34秒

こんにちは、みなさま。
尾島さんにメールを送り、その返信をあとで書き込んでおきます。
ただいま仕事中ですので、終えてからにします。

>疑心暗鬼さんへ
私の引用の表示が悪かったばかりに、お手数をおかけしてごめんなさい。パワートダイはコナミの一件から、ずっと見ていますが、最近は疑心暗鬼さんの隠れファンです(笑)。
納得いく説明をちゃんと書き込んでおきますからね。
武田徹さん、いろいろとご迷惑かけてすみません。


グラコロ、シャカシャカ 投稿者:武田徹  投稿日:11月19日(日)14時00分49秒

駅から家に帰る間にマクドナルドがあって、1.ちょうどお昼時で、2.ノートパソコンを持っていて、3.家に帰ってすぐに送信できるようにちょちょっとまとめておきたい短い書きものやメールがあるーー、ような時に時々立ち寄る。ま、テーブルがあれがどこでもいいんだけど。
で、先日もパソコンをフライポテトをつまんだ油っぽい指で叩いて30分くらい長居していたんだが、ちょっと印象的な経験をした。その店は、何か新興宗教をやってるのかと思うくらい明朗で声の大きなおばさんが店員をしていて、客の注文を復唱する声がそれほど大きくない店内いっぱいに響きわたる。それをBGMに仕事をしていると、その日は、殆ど全員がグラコロバーガーを注文していた。そしてそのうち5割ぐらいはポテトもシャカシャカポテトである。要するに重点的に流されているあのCFの効果はてきめんなのだ。
確かにそんな高いものではないので、話題にもなるし、新製品を食べておこうと思う人が多いのだろう。その意味で広告効果の出やすい商品であることは確かだが、それにしてもあのCF、なかなか良くできていませんか? タクシー運転手が客の話すマックの新商品に思わず涎がたれちゃう設定のCFだが、そのタクシー運転手は視聴者の立場を代弁してもいるのだ。自分がまだ食べたことのないマックの新商品、その未経験の欠如感をうまく演出している。特に食感を想像させる作りがうまい。
日本の広告技術もすごく進化して来たように思う。それをいち早く感じさせたのはラジオCMでTVの派手さがないぶん、工夫しているものが多かった。ぼくはクルマの中でしかラジオは聞かないけれど、たとえばトーソーシンのCMは印象的だったし、「時報」をうまくCMに取り込む手法もよく考えたなと思わせた。で、最近ではTVCFも奮起しているように思う。
CMは実は高度の社会批評になる。ずっと前だが、100円カイロにドントというのがあって、そのCMは様々なシチュエイションごとにシリーズ化されていたんだけど、そのひとつ終戦編で復員兵が寒さに震えながら 進駐軍に、ドント・ギブミー!と叫ぶものがあった。これはぼくの発見ではなくて、ぼくの大学時代の恩師の指摘なのだが、彼にいわせれば、これは「ドントをくれ」と、自分に何もくれるな(Don’t give me!)のダブルミーニングだと言う。確かにそうも思える。ドントを得るための広告制作依頼を受けて、終戦時の悲壮感漂う時期の、進駐軍に物乞いしつつも、そんな自分を責めてしまう一種のダブルバインドをもそこに描き混み、豊かさの時代に振り替えさせるきっかけをも与える演出をしたCFディレクターは相当の器だろう。しかも終戦時の記憶がない人にはなんのメッセージ性もないところが、さすがプロの仕事?である。押しつけがましさは広告ではむしろ欠点となる。感じられる人だけ、その文明批評的な部分が通じればよいという割り切りが潔い。
このドントCFの早すぎる登場の後、あまりTVCFはぱっとしなかったが、最近ではKDDIのCFなども密かに文明批評的といえばいえるか。
マックCFはストレートに販売促進目的だが、そうでもないCFもあって、TVや雑誌の本編?本文を作る側よりも広告の作る側の方が現代社会の歪みを意識していてそれを密かなメッセージとして送り出している場合がある。「本編・本文」がだらしなくなっているからこそ、そのメッセージを暗号を復号化しるように受け止める能力がぼくたちには強く求められているのかもしれない。
武田徹





掲示板の外へ1 投稿者:武田徹  投稿日:11月18日(土)15時38分16秒

 ぼくが「日経トレンディ問題」をこの掲示板に書き始めてから、ここを訪ねてくれた数千のネットワーカー諸君は、ここ数日、何も動きがないことに、さぞや期待はずれの感を持っているだろう。やはり何も起こらなかったか、と。しかし今、君たちがすべきことは失望ではないし、ましてや現状で手に入っている限られた情報だけを元に何度も何度もそれを料理し直して自己満足(そうとは本人は認めないだろうが、社会的影響力の乏しさを思えばそうとしか言いようのないーー)を得るような内向的な作業でもない。次のステージに一歩踏み出すことだとぼくは思う。
 君たちがマスメディアに対して強い不信感を持っていることは、ひしひしと伝わって来た。そして君たちが束の間の自由を満喫できる掲示板で、その思いを吐き出さざるをえない気持ちになっていることも分かる。しかし、それが果たして今まで微塵たりとも具体的な効果を持ったことがあったか。たとえば、ネットワーカーを内向的な奇形者としてしか見ないTVキャスターの発言に対して、君たちが抱いた反感を幾ら匿名掲示板に書き込んでも、それは彼らの視界には全く入らない。言葉はただ無駄に消費されているだけだ。
「いや、自分は掲示板に書いているだけではない。あまりにひどい報道に腹立って、放送局や新聞社にメールを書いたことがある、でも何のレスポンスもなく虚しかった」。そんな人も、もしかしたらいるかもしれない。確かに世間には傲慢な人間がいて、君たちのメールに一瞥もくれずに削除ボタンを押す。そして君たちの思いは永遠に無へと帰して来たのだろう。
 しかし、マスメディアを支えている人間はそんなクズばかりではない。ただ、君たちの思いが、なぜかそうした人たちにうまく届いていなかった。どこかでメールが行方不明になってしまっている。だが諦めるべきではない。たとえば、今回のぼくの問題提起と、尾島編集長の返答、そしてその後の沈黙ーー。そんなやりとりを見て、君たちは自分たちなりに思うことがあったはずだ。状況は具体的だし、今回のテーマはジャーナリズムの存亡に関わることなので良識あるメディア人はそれについての意見を聞けば、必ずや耳を傾けるはずだ。だから、それをメールに綴って、たとえば公開されているトレンディのホームページのメールアドレスに送ってみる。せっかく向こうは読者の意見を募ってくれているのだから、それを入り口として利用しない手はない。あるいは知り合いのジャーナリストや、アドレスを公開しているメディア関係者でもいい、とにかく送ってみる。もちろんメールでなく、電話でもいいし、直談判でも良いのだが、現状では決して外部に広く開かれているとは言いがたい掲示板空間でただ鬱々としているのではなく、その「外」に何らかのかたちで、僅かでも良いから、踏み出して行くことが大事ではないか。思いは誰かに伝えられなければ、成仏できないのだ。
 もちろん今度もまたダメかもしれない。しかし、礼と意を尽くして思いを伝え、匿名のいたずらでもクレーマーでもないことを示してメールを送れば、それは正しく転送を重ねられ、いつかは君たちの思いが広く読まれて、今度こそ何かが起きるかもしれない。その可能性を諦めないで欲しいと思う。
 


掲示板の外へ2 投稿者:武田徹  投稿日:11月18日(土)15時37分43秒

リナックスを開発したリーヌス・トーバルスは「目玉の数さえたくさんあればどんなバグも怖くない」と言ったらしい。この名言は、しかし、プログラムのバグ直しだけでなく、社会システムの改善にも適応し得るのではないか。社会のバグを君たちが見つけ、それを「当時者」や「当時者」に影響力を持つマスメディアに伝える。そうした流れの中で社会を変えて行く。今はまだそうした回路がうまく出来ていないが、多くの人が踏みしだいているうちに、藪の中の獣道も人が安心して通れる道になる。まず大事なことはその回路に情報を流してみることだ。とりあえず足を踏み出さなければ、ぼくたちは一歩たりとも前には進めない。
 別に急ぐ必要ももちろんない。煽っていると思われると心外なので敢えて書くが、今回の問題に関する意見を伝えるのでなくても全然いい。しかし、ぼくはいつかは君たちが、「バグ」を具体的な誰かに向けて伝える勇気と、伝達の戦略を持つ人になって欲しいと思う。光ファイバーを幾ら埋めても、パソコン講習に助成金をつけても社会の「質」はちっとも変わらないだろうが、こうしてインターネットとマスメディアが有機的に関係づけられ、いわば「リーヌスの法則」が社会システムの改善にも生かされる、そんな情報の生態系が確立されてこそ真のIT革命の名に値するのだと思う。そんな夢が実現する日をぼくは長い目で待っていたいと思う。
 今回の問題について、もはや自分からこの掲示板に書くことはしないつもりだ(何か新しい展開があれば別だが)。掲示板上で出来ること、つまり不特定多数に広く問題を伝えることは、もう十分効果があったと思っている。たくさんの人が今回のことを知ってくれた。それは、いわば一つの「文化の記憶」になったのだと思う。具体的な変化が起きるかどうかは分からないが、少なくとも尾島さんはそんな「文化の記憶」の存在を意識せずにこれからは仕事が出来ないだろう。
 そんな「文化の記憶」を作るところまでが掲示板の限界だろう。その段階を超えて、この掲示板上で議論ももちろんできるが、掲示板は読まれずには思いを伝えられないし、議論に必要なメンバーに参加を強制できるわけでもないので、掲示板で問い掛けて一週間も沈黙が続けば「これは答がないのが答なのだな」と考えるのが大人の判断というものだろう。そして議論相手を欠いた一方的な書き込みだけで議論が、建設性を持ち得る時間は既に終わりつつあるようにぼくは感じている。これ以上続けると、それこそ手を加えすぎたまずい料理のようなグロテスクな言論が出て来たり、互いに揚げ足を取ったり、ハスに構えてただ相手を冷笑するためだけに書き込むような、掲示板空間の特有の内部消耗戦が残念ながらここでも始まって行くだろう。だから、ぼく自身はもう掲示板でこの問題は扱わない。ぼくは雑誌や本を書く自分の仕事で今回の議論を踏まえた発言をして行くが、この掲示板に関しては、また以前の平穏な状態に戻そうと思う。
 だが、これを最後にするつもりで、今回だけは宣言めいたことを書いておきたい。この掲示板で繰り広げられた議論を他の掲示板に知らせてアクセス数を増やし、「文化の記憶」形成に協力してくれた「姿の見えない同士」諸君、ぼくが今回ここでしたネットワーカーによる「異議申し立て」実践促進の訴えについても、再びあなたたちの戦略的行動を期待する。
武田徹


戻る


[PR]看護師の好条件求人なら:転職活動不安ですか?なんでも相談OK!