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LOG37
4回目(中@) 投稿者:武田亨 投稿日:11月 2日(木)16時18分04秒
「桂敬一氏の指摘」と「武田徹さんへの質問」について(中@)です。
メディア社会論研究家・学者の立場の武田徹さんになら、ウエットな回答ではなくカラッとした回答を得られるだろう、という単純な発想から「武田徹さんへの質問」(投稿日:10月23日)を思い立ちました。
日経トレンディの創刊準備の頃の話ですが、当時は「トレンディ」という流行語に走りすぎて、副編集長クラスが中尊寺さんや紫門さんといった人気漫画家の連載に頑なにこだわったりしているうちに(掲載に成功したかどうかは覚えていませんが)、企画をアレコレ詰め込みすぎて、滑り出しは決して順調なものではなかったという事実が記憶に残っており(私の誤解かもしれませんが)、かつ、その後武田徹さんの記事を拝読していることから、感覚的にウエットな網を質問にかぶせてしまうおそれがありました。そう思った時点で、メディア社会論研究家・学者の立場へ気が向きました。
ある意味で、リクルート事件における官僚接待の中心舞台は札幌であり、当時リクルートコスモスの役員だった者が陣頭指揮を執っていた事実、よく飲んだ翌日、クラブのホステスさんの案内で観光地巡りしていた複数の官僚を把握している故に、10/28の書き込み「藤森氏と西山氏の対談」の引っかかる表現に関して、やはり、感覚的にウエットな網を質問にかぶせてしまうおそれがありました。これもまた、そう思った時点で、メディア社会論研究家・学者の立場へ気が向きました。
テレビアニメのポケモン事件について、97年の12月29日に放映されたNHK教育テレビの視点・論点シリーズ〈著作物再販制度〉で、立命館大学産業社会学部の桂敬一教授(当時)が「このポケモン事件は私たちに“人間と文化発達にとってのメディアがどうあるべきか”、また、“メディアの発達をどうとらえるべきか”ということを根本的に問うているように思えます」と語り、メディアの発達と再販問題について切り込んでいました。それをテープ起こし後に記事文体にしてみたところ、武田徹さんが当所で説いていることと視点(感性)が一致し、完璧に、メディア社会論研究家・学者の立場へ気が向きました。
洗脳された記者 投稿者:あかまい 投稿日:11月 2日(木)11時27分52秒
日経で連載していた「教育を問う」が先に決めていた結論にあわせて取材をしたような
もので、がっかりさせられたところなので、洗脳されていく記者のところで考えさせら
れました
逆に論説委員の署名原稿は逆に「私」しかいないような、思慮の足りない、底の浅い文章が
どの新聞にも多いように感じられます。海外の新聞の書名記事は、たとえ結論が極端に
偏ったものであっても、教養の裏づけがある知識人の文章であることが多いですから
えらい違いです。
ジャーナリズムというよりマーケティングということか。
サントリー学芸賞を頂きました 投稿者:武田徹 投稿日:11月 2日(木)00時40分40秒
○『流行人類学クロニクル』が2000年のサントリー学芸賞(社会・風俗部門)を頂きました。以下に受賞の挨拶として記者会見の席で話した内容のオリジナル原稿を掲げます。
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今回、賞を頂いた作品は、他の受賞作と少し生まれ育ちが違うように思いますので、まずがどのように作られたということから説明させていただきます。
これは1989年から10年間に現れた社会の動き、それも新聞の一面で紹介されるような政治や経済の動きではなく、人々の暮らしぶりの中に現れた動きを、毎月一回、原稿用紙で20枚ほどの記事として、いわゆる流行情報誌に発表してきた連載をひとつにまとめたものです。まとめたら結果としてずいぶんな厚さになりました。本の内容以上にその厚さが印象的だったようで、「枕になりそうだ」とかよく言われました。
それはさておき、そのようなかなり庶民的な雑誌の連載記事が、今回、学術的なレベルを問う、この賞の対象になりました。これはある意味で、場違いであり、この場違いであるという感覚をぼくはしっかり受け止めて考えなければならないと思っています。
正直な気持ちとして、今回の受賞が自分の手柄だとは全く思えません。著者のぼくが贔屓目で読んでも幾つも欠点がもあるくらいですから、他の読者の方々はきっと興ざめされる箇所が多かったのではないか。ただそんな力不足の書き手を後押ししてくれたものがあって、それは他でもない1989年から1999年という10年間の時間だったのではないかと思います。
この本にまとめた原稿が書かれていた時期は、今や「失われた10年」だと言われています。確かにバブル経済の膨張があり、その破綻があり、阪神大震災があった。個人の意識のバブルも肥大しては崩壊する過程があり、海外のブランド商品の購買に明け暮れたかと思えば、たとえばオウム真理教の事件があり、自殺者はいつのまにか3万3000人になりと、ぼくたちは何も得ることなく、ひたすら失い続けたように思われる。
しかし、確かに愚かな時代だったかもしれない、虚しい時代だったのかもしれないけれど、その愚かさは果たしてどこから来て、どのようにその姿を現し、どのように人々を翻弄したのか、それを今、記録しておかなければ、後からそれについて考えることも出来ないし、その10年間のぼくたちの生の軌跡も記録なしに失われることになる。
そう考えて行くと、ぼくを後押ししてくれたのは、時代が一種の存在証明を望んだ結果だったのではなかったかと思います。からっぽで愚かしいと言われてきた10年分の時間の、しかし成仏しきれない、やるせなさのようなものがぼくにこの仕事をさせたように、今から思うと、感じます。そしてその10年間の証言集としてこそ、この場違いな本がご評価頂けたのだと思っています。
そしてもうひとつ今回ご評価いただけた理由を自分なり推測すれば、それはジャーナリズムの可能性に対する評価でもあったのではないか。毎月、毎日のように書いた記事は、その時々に伝えるという使命を果たして消えて行く。多くのジャーナリストがそう考えています。今の若いジャーナリストほど半ば自嘲気味にそう考えているように思えます。しかしジャーナリズムはただ伝える使命を果たして消えて行くだけのものではない。それは実は社会の記憶となることができる。今回の受賞は、そうしたジャーナリズムの社会の記憶を作る可能性を評価していただけたことだと思います。そう考えますと今回の受賞がぼくと同じように日々の調査。報道活動に携わっているジャーナリストたち、とくに会社に所属せず、孤独の中でルポルータジュを書いているような同業者達の励みとなればよいと思います。以上、ご挨拶に代えさせて頂きます。
****
ただし、めでたいだけでは済まないこと、この機会に言っておかなければならないこともある。それについては後日。
イラン油田のニュース 投稿者:武田徹 投稿日:11月 1日(水)00時55分55秒
イランのアザガデン油田に対する最優先採掘権を日本が獲得できそうな見通しだそうだ。
おそらく多くの人がこれを朗報だと感じるだろう。アラビア石油のサウジ権益喪失は日
本の石油供給体制に不安の影を落とした。もちろん世界の石油の大半はメジャーが握っ
ているのであり、その意味では世界のどの国も(北海油田に依存できるイギリスなどを
除いて)一蓮托生だとも言える。しかしそれはわかっていても日本独自のカードを持っ
ていたい気持ちはわからなくはない。
だが、それこそ危険なのだ。実はイランの油田に日本が魅了されたのは過去にもあった。
ロレスタンの油田の採掘権を与えることの交換条件としてイラン側は石油化学プロジェ
クトの推進を日本に求め、三井物産が名乗りを挙げた。当時、水俣チッソ事件があり、国
内の新規工場立地が困難になっていた化学業界が三井物産と足並みを揃え、イラン日本石
油化学プロジェクトIJPCはスタートを切った。通産としてはどうしても日本独自の油
田が欲しかった。化学業界は外地に活路を見出したかった。両者の思惑が交差してこのプ
ロジェクトは進められた。熱狂の中に幕は切って落とされた。その雰囲気はなんとなく今
と似ているようなきがする。
しかしその成果はーーー惨憺たるものだった。投下された巨額の投資と、人々の努力は
全て砂漠の陽炎のように消えた。ぼくは当時のIJPCプロジェクトに関わっていた方
に長い聞き取り取材をしたことがある。その成果は本人の希望から封印されたままにな
っていて詳細はここで紹介できないが、彼が「イランと、つまりイスラムとの仕事はそ
もそもすべきではなかった。日本人が相手に出来るパートナーではなかった」と、あた
かもタブーに触れたかのように恐れをもって語っていたことは印象的だった。生活習慣
だけでなく、交渉の背景になっている価値観まで全てがあまりに異なっている。ただ違
うだけでなく、日本人にとってもっとも相手取りにくいタイプの人間がイランには多い。
IJPCは石油ショック、イラン革命、イラン、イラク戦争に翻弄されているのだが、
もしもそれがなくても所詮、うまくゆくはずはなかったと彼はいう。その言葉には直接
現地で仕事に当たっていた重さがあった。
今度の油田採掘権交渉には、果たしてイランという国を、そしてイスラムという文化を
理解している人が当たっているのだろうか。果たしてIJPCの二の舞にはならないだ
ろうか。油田の場所がイラクとの国境線に近いことも不安だ。IJPCの失敗はなぜ起
こったのか。もう一度検討して掛かる必要があると思うが、心配なのはイラン油田採掘
権獲得云々の記事を書いた記者にもおそらくその知識は欠けているだろうことで、一言
も過去への言及はなかった。大丈夫、なのだろうか、本当に。
武田徹
4回目(前) 投稿者:武田亨 投稿日:10月31日(火)21時28分10秒
武田徹さん、みな様、こんにちは。先週から長々と申しわけありません。
早速ですが、「桂敬一氏の指摘」と「武田徹さんへの質問」について(前)です。
桂敬一氏は<21世紀のマスコミ01「新聞」の第[章「21世紀の新聞のゆくえ」大月書店>で、ルパート・マードックがマスコミ界にもたらした衝撃にふれ、第一幕は、旺文社が保有していたテレビ朝日の大量の株の買収、第二幕は、朝日・テレ朝、読売・日テレ、フジサンケイ、日経・テレビ東京、これら新聞・放送大手系列グループのマルチメディア事業への本格的な取り組みについてを<独特の切り口>で説いています。
私が<独特の切り口>と表現している理由は、執筆していた時点(おそらく97年春頃)で、郵政省放送行政局放送政策課が検討していた地上波のデジタル放送の導入期・普及期・完了期に沿って、いち早くコンテンツ・ビジネスの将来を見据えていたのではないだろうか、と個人的に感じたからです。
氏は、その<独特の切り口>で、1997年3月に公正取引委員会が実施した、北海道新聞社の札幌本社と函館支社、同社が出資している北海道文化放送、テレビ北海道、取引関係にある時事通信社、王子製紙など製紙3社に対する一斉立入調査(函館新聞社への妨害行為)にふれ、「産業動向の不透明感が増すなか、新聞各社が、本来公正な切磋琢磨の関係に置くべき言論報道活動面での競い合いを企業間競争の論理に隷属させ、露骨な自社利益優先、他社バッシングの風潮を募らせ、みずからジャーナリズム機能を傷つけ、その信頼度を低落させることになっている事実を、指摘しなければならない」としています。
函館新聞社への妨害行為は情報量が不足している一般市民には難解な問題に映り、ほとんど言ってよいほど問題視されていませんでしたが、ここでは「武田徹さんへの質問」に関連付けて、「テーオー小笠原という地元不動産・デベロッパーを有力出資者とした函館新聞社の<函館新聞>の紙面づくりが読売・毎日の全国紙のニュース提供によるものであり、販売も両社の系統専売店に合売のかたちで委託されるものとなっていたことから、北海道新聞社が過敏なまでに神経質になった問題。もっと業界的に言ってしまえば、異業種資本との連携・合作が可能な全国紙とそうした関係形成ができない地方紙の攻防があらわになった問題」と位置付けておきます。
あくまでも個人的な見方ですけれども、「桂敬一氏の指摘」は、コンテンツ・ビジネスという巨大な波におのずから飲み込まれてしまった今、新聞業界は現実に市民社会を発展させていくことのできる自己の役割と市民との連帯の意義をジャーナリストとして明らかにできるか、というものであるととらえています。
「桂敬一氏の指摘」と「武田徹さんへの質問」について(中)に続く。
※ (中)は、私が「武田徹さんへの質問」(投稿日:10月23日)を思い立った理由を再度整理したものになります。
雨と言語 投稿者:武田徹 投稿日:10月30日(月)00時40分28秒
オックスフォード大学のダニエル・ネトルという言語学者の説は興味深い。西アフリカの
言語状況を調査した彼は、雨が多い地区は、多言語的になるという法則性を呈示している
のだそうだ(湊千尋さんの『自然 まだ見ぬ記憶へ』からの受け売り)。
ネトルの説明はこうだ。熱帯で雨が多い地区は植物が繁茂する。とうぜん草食動物も多く
育ち、肉食獣も増える。その結果、そうした地区に住む人たちは食物に不自由することは
ない。そこで交易の必要も生じず、他の言語と触れて自分の言語を無くしたり、共通語を
使うようになることもなく、それぞれの言語を保持したまま暮らす。それが多言語的な文
化を用意するのだという。
これは説得力に富んだ説だとはいえまいか。確かに言葉が統一されて行く場合の大きな要
因は交易だ。それはいまに至るまで変わらず、英語を共通語とする勢いはインターネット
で情報交易文化が広まってから一段と加速がついている。たとえばフランスではインター
ネットの世界でチャットという言葉が、フランス語の猫chatという言葉と同じ綴りで
あり、全く意味が異なる二つの言葉が同じ言語的位置を占める混乱はけしからんというア
メリカ文化受容反対派の人もいるようだが、ひとつの同じサイバースペースに飲みこまれ
てしまった文化状況では多勢に無勢だろう。
しかしそんな交易はそもそもなぜ生じたかと言えば食物交換の必然性からであって、だとす
れば、言葉もまた気象と関係が深いことになる。言葉を交易との関わりで論じた人は多かっ
たがそれを更に気象まで遡ってみせたところにネトルの新鮮味がある。
そんな説を知って、改めて思うのだけど交易とは果たしてぼくたちを幸福にしたのだろうか。
確かに無いモノがあれが買えばいい。そうした考え方の延長上に植民地獲得競争があり、遺
伝子操作までして食物生産量を増やそうとしてきた歴史がある。しかしそうした方法ではい
かに対症療法を重ねても、もはや近い将来にどうしようもなくなって破綻しそうな気配は誰
もが気になっているところだろう。中国人が全員クルマで移動するようになったら世界の石
油資源はそれこそあっというまになくなる。食糧も同じだ。つまりそれはありえないシナリ
オなのだが、そこに向かう流れを資本主義の世界は止められない。制御不能なのだ。
その点、手を伸ばせばバナナがある地域では、確かに降雨量が減って飢饉になればたいへんだ
がだが、その結果として確実に人口は減る。人口爆発の日を後延ばししないという意味では、
かなり逆説的な言い方だが、そちらの方が高度に制御的な文化と言えるのかもしれない。
これは野蛮な説明の仕方だ。しかし交易による解決方法を歴史の正しい進化だったと無根拠に
前提としない姿勢からこそ「次」を考える発想が出るようにも思う。自分達だけにしか通じな
い言葉を使い、他の言葉に浸食されていない生きた神話に囲まれながら暮らすとはどういうこ
とか。もはや想像も出来ないが、自分達の文明文化が瀕死だからこそ気になるところだ。
武田徹
3回目(補足資料) 投稿者:武田亨 投稿日:10月29日(日)20時18分51秒
「桂敬一氏の指摘」と「武田徹さんへの質問」についての補足資料A
※ 公正取引委員会の「新聞販売業者に対する排除命令について」(98年1月30日)
当時は景品類の提供は禁止。その後、購読料金の3ヶ月分の8%の額までの景品類の提供が認められ、2000年4月以降は、購読料金の6ヶ月分の8%の額までの景品類の提供が認められています。
「新聞販売業者に対する排除命令について」の違反事実の概要
@ 朝日新聞熊本販売株式会社坪井販売所
平成9年7月から同年12月までの間に、熊本市坪井周辺地域において、例えば、24ヶ月間朝日新聞を購読する者に対して湯沸ポットを提供するなど、同新聞を購読する者に対して、景品類として、スティック型クリーナー、電気鍋、コーヒーメーカー等の物品を提供し、同新聞の購読の勧誘を行っている。
A 読売新聞サービスセンター北熊本
平成9年1月から同年12月までの間に、熊本市旧北部町及び清水周辺地域において、例えば、48ヶ月間読売新聞を購読する者に対して電子レンジを提供するなど、同新聞を購読する者に対して、景品類として、掃除機、自転車、布団乾燥機、食器乾燥機、ホットプレート等の物品を提供し、同新聞の購読の勧誘を行っている。
B 西日本新聞エリアセンター子飼・清水
平成7年8月から平成9年12月までの間に、熊本市子飼及び清水周辺地域において、例えば、48ヶ月間西日本新聞を購読する者に対してビデオテープレコーダー付きテレビを提供するなど、同新聞を購読する者に対して、景品類として、掃除機、自転車、食器乾燥機、ホットプレート、コーヒーメーカー等の物品を提供し、同新聞の購読の勧誘を行っている。
C 読売新聞平木インフォメーション・コミュケーション
平成9年8月6日から同月8日までの間に、香川県木田郡三木町の奥山及び小蓑の地域において、例えば、12ヶ月間読売新聞を購読する者に対して電子レンジ及び缶ビールセットを提供するなど、同新聞を購読する者に対して、景品類として、電子レンジ、布団乾燥機、ホットプレート、缶ビールセット等の物品を提供し、同新聞の購読の勧誘を行っている。
4回目「桂敬一氏の指摘」と「武田徹さんへの質問」に続く。
2.5回目(補足資料A) 投稿者:武田亨 投稿日:10月29日(日)20時16分50秒
「桂敬一氏の指摘」と「武田徹さんへの質問」についての補足資料A
※ 95年4月22日に行われた新聞労連・出版労連主催のシンポジウムについて
「再販制度の存続を考える」
<出席者>(順不同・敬省略・役職95年4月当時)
共同通信編集主幹・民放連番組調査会委員長 原 寿雄(はら・としお)
経済評論家 内橋 克人(うちはし・かつと)
日本経済新聞社常務取締役販売担当 四十物文夫(あいもの・ふみお)
(株)岩波書店社長 安江 良介(やすえ・りょうすけ)
下記の「桂敬一氏の指摘」と「武田徹さんへの質問」に関係している個所については、岩波ブックレットNO.384「本と新聞―再販制度を考える―」からピックドアップしました。(引用が長いことにつきましては、私から岩波書店へ連絡しておきます)
「本と新聞―再販制度を考える―」35頁〜37頁から一部抜粋
四十物「新聞の場合、どちらかというと新聞そのものの俗悪性というより、むしろ新聞の読者を増やしていく過程で、いろんな競争が起きている。その競争が読者から顰蹙をかっている、それについてどうかということなんですが、新聞というのは健全な言論を守るために、商法の特例として株式を公開しないとか、いろいろと守られている面がある。守られている以上は、当然、業界人としてそのために守らなければならない義務があるということだと思います。再販の問題に絡むこととしては、特殊指定の問題があります。業界では<乱売>といっていますが、差別定価や、販売店が実際に必要な部数以上を本社に注文する<積み紙>、本社が販売店の注文以上の部数を供給する<押し紙>を禁止しているわけですが、新聞界ではそれを<公正競争規約>というものに取り込んで新聞公正取引協議会をつくり、運営細則もつくって、正常化に向けていろいろやっているわけですね。読者からいろいろ顰蹙をかっている点について言えば、拡材<拡張材料>の問題や暴力団まがいの拡張員などが挙げられますが、これは競争規約だけの問題ではなくて、もう一つ訪問販売法の問題に引っ掛かってくるということがあり、そういう点でも制約を受けています。新聞の営業はこうした中でやっているわけです。……全体では、いま新聞販売店に働いている人たちは約48万人いるんです。その人たちが配達したり、読者を勧誘したりということをやっています。大部分の人は正しくやっていますね。ところが、一部、職業拡張員といわれている人で、顰蹙をかうようなことをやっているのも事実です。……再販の維持を主張するかぎりは、言論報道機関として営業のほうも姿勢を正すということが必要なんじゃないかと思います」
3回目(補足資料A)に続く
2回目(補足資料@) 投稿者:武田亨 投稿日:10月29日(日)15時37分48秒
武田徹さん、ありがとうございます。お言葉に甘えて、当初3回の予定から4回に変更します。以下は2回目になります。
「桂敬一氏の指摘」と「武田徹さんへの質問」についての補足資料@
※ 新聞経営別冊「新聞の公共性と再販」に掲載された座談会について
「欧米再販事情調査団」参加者座談会:「戸別配達制度は優れた日本の文化」
<出席者>(順不同・敬省略・役職95年3月当時)
朝日新聞東京本社販売局長 宮 澤 恭人
毎日新聞東京本社販売局総務 朱牟田 恒雄
読売新聞社販売局総務 板 垣 保雄
中日新聞社常務取締役販売担当東京新聞販売局長 櫛田 久
日本新聞協会業務部兼公正取引部長 深沢 亘
この座談会は、再販論議が規制緩和の流れのなかで95年7月に二者択一の議論になってしまう前年、94年10月23日から11月3日まで、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、ベルギーの欧米5カ国に日本新聞協会が派遣した「新聞販売事情調査団」に参加した人たちによるものです。
「桂敬一氏の指摘」と「武田徹さんへの質問」に関係している個所は下記のとおりです。
20頁
宮 澤「……私はやはり、フランスと最後の欧州新聞協会での話が非常に印象的でした。新聞報道の自由を守る、そのための基盤条件として流通が自由じゃなきゃダメだということを両方とも言われていまして……」
21頁
板 垣「……私は、日本の文化が、特に優れているものばかりだとは思わないし、西欧のほうが非常に優れているものがあるのではないかと思っているのですが、この新聞配達制度に関してだけは、日本が誇るべき文化であることを確信した、というのが第一印象なんですね。……現在の日本の新聞販売制度は、世界に冠たる日本が誇るべきものの一つだと思うんですよ。……」
23頁
朱牟田「……日本の戸別配達制度の素晴らしさといいますか、これだけの高い普及率、これだけの高い戸別配達率というのは、日本以外にはどこにもない。各国で、程度の差はあるようですが、フランスでは、戸別配達率が約15%、ほとんどを郵便局が配達しているような感じで、新聞の地位そのものがものすごく下がっているのではないか。……」
27頁
朱牟田「……それから、フランスは、今回訪問した国の中で、新聞の価値が一番低い国だと感じました。卸売業者も含めて……。」
宮 沢「やはり雑誌が相当売れているということもあるんでしょうね。」
※ 新聞経営別冊「新聞の公共性と再販」に掲載された新聞販売綱領について
全文(92年10月改定当時のもので、景品などの供与については今日と異なります)
新聞は広く読まれ、普及することによって、公共的使命を果たすことができる。同じにその公共的性格のゆえに普及の方法には、おのずから制約があることを強く自覚しなければならない。販売普及を急ぐあまり、この制約を無視して正道を逸脱すれば、新聞の公共性に対する読者の不信を招き、新聞本来の使命達成を妨げるおそれも生じかねない。
日本新聞協会加盟の新聞社は<新聞倫理綱領>の掲げる、自由、責任、公正、気品などの精神を販売業務においても守るべきである。よってここに<新聞販売綱領>を定め、その実践に努める。
(1) 読者の購読の自由を尊重する。
(2) 新聞の配達は迅速、確実に行う。
(3) 購読の勧誘は新聞自体の持つ価値によって行い、景品などの供与によらない。
(4) 各社の販売定価を遵守し、不当廉売または差別価格によって新聞の価値を減殺するがごとき誘引行為は避け、読者への安定した供給を堅持する。
(5) 新聞販売における公正な競争を維持し、関係法規を遵守する。
※ 新聞経営別冊「新聞の公共性と再販A」に掲載された特別宣言について
「第48回新聞大会における再販維持に関する特別宣言」(95年10月17日)
われわれ新聞人は民主主義と文化の発展に寄与し、言論・出版の自由と国民の知る権利に応え、戸別配達を軸とする安定した流通システムを維持するために、引き続き新聞の再販制度を堅持する。また、多数・多様な新聞の維持に努め、報道・評論の充実による紙面競争の強化と、諸法規の遵守による正常販売の徹底を誓うものである。
3回目 「補足資料A」に続く。