武田徹Official Web Site--オンラインジャーナリズム掲示板
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武田さん、みなさん、はじめまして 投稿者:pipi姫  投稿日: 6月30日(月)20時01分17秒

葉っぱ64さんにこのサイトのことを教えていただいて、やってまいりました。
葉っぱ64さんとは先日初めてネット上で挨拶しましたが、
いつもbk1の書評を読んでいたので、なんだかおなじみさんのような気がしました。

さて、武田徹さんの『戦争報道』も葉っぱ64さんの書評を読んで購入したものです。
わたしのサイトの日常雑記の中にとりあげて、コメントいたしました。
これは書評というようなものではなく、あくまでもわたし個人の雑感という
かたちで書いておりますので、お目汚しにしかなりませんが。
下にURLをつけておきます。

『戦争報道』は新書という制限があるためか、読みやすさではすぐれているものの、
もうひとつっこみほしいという不満があります。紙幅の都合もあるでしょうし、
編集側から読みやすく書けという要求もあったと思いますが、
戦争報道の歴史のくだりはむしろ別冊で詳述してほしいという気がします。
あるいは類書でお奨め本があればそれを教えてほしいと思いました。

この掲示板でのやりとり、とても興味深く拝読いたしました(全部読むのは大変な
ので、多少はしょりながら読みました)。
武田さんのレスがいつも丁寧で的を射たものであり、共感を覚えました。
同世代でもあり、これからもお仕事には注目させていただきます。
『核論』にも興味を持ちましたので、購読いたします。

ところでわたしは隠れ森岡ファンなので、ときどき「生命学ホームページ」の
掲示板を覗きにいきますが、そこでおなじみのお名前をここでも拝見して驚いています。ま、驚くことでもないか(^^ゞ

というところで、まずはご挨拶まで
 

http://www.eonet.ne.jp/~ginyu/diary0304.htm#0411


デクマ 投稿者:武田徹  投稿日: 6月30日(月)00時03分49秒

下の続報。デクマでテープ起こしをして入力に慣れようとするも3分であきらめる、とてもじゃないが、そんな使い方は無理です。考えながら書くぐらいがせいぜいですね。認識効率は高いけれど、漢字は書き順にかなり厳密な感じ。自分の書き順のいいかげんさを思い知らされる。

クリエ 投稿者:武田徹  投稿日: 6月28日(土)00時42分01秒

中国取材の時にワンボディーですべて出来ないかという期待を込めて導入したクリエNZ90はその後もカメラとテレコ代わりには活躍してくれている。ただひとつだけ期待はずれだったのがワープロで、クリエのハードキーボードはやっぱり小さすぎて使えない。WORD TO GOをインストールしたので出先でもクリエで原稿書けないかと思ったが、すごくがんばって書いてもパソコンに戻してみると400字ぐらいにしかなっていなくてがっかりしてしまう。あとWORD TO GOのファイルがメールで送れない(のだと思う)のもすごく不便。この二点に関してはポケットPCマシンやリナックスのザウルスがうらやましくてしょうがない(特にサウルスSLC系はキーボードも大きいし、XGAカード経由で外部ディスプレイも使える。パワーポイントでのプレゼンがPDAだけで出来るというのは荷物軽量化上とても魅力的だ)。クリエはもはや唯一のPALMマシンの生き残りともいえるが、MSDOSが少ないメモリー量の規格で苦労したように、PALM・OSの最初の縛りが足かせになっている感じはするがどういなんだろう。
ところが一点だけ事情が変わった。さっきダウンロードして入れてみたのがデクマの手書き入力ソフト。この認識率が予想外に高いのだ。まだ使いこなしたわけではないけれど、慣れているフルサイズキーボードでのローマ字入力にはもちろんかなわないものの、クリエの極小キーボードでの入力に比べれば隔世の感がある。これでキーボード問題は解決するか? すこし高揚した気分になっている(子供ですね)。
しかしデクマは不思議。たった400kしか容量がないプログラムなのに、仮名や英数字だけでなく漢字もかなりの確率で文字認識するというのは、どういうアルゴリズムなんだろう。

書き込みありがとう 投稿者:武田徹  投稿日: 6月26日(木)23時18分31秒

なるほどイギリスでは生誕100年で盛り上がっているのかもしれないですね。朝日のイギリス特派員(って今、誰だっけ)はその延長上でガーディアンの記事を送稿したのか?

はじめまして 投稿者:zzz  投稿日: 6月26日(木)23時05分20秒

はじめまして。textilecocoon の zzz と申します。
時々覗かせてもらっています。

オーウェルに関しては 6/19 のBBCの記事が興味深いです。
生誕百周年であること、オーウェル唯一の映像が発掘されたことなどが
日本の報道を引き出した可能性もあります。あくまで憶測ですが。

http://news.bbc.co.uk/2/hi/england/norfolk/3001502.stm


内製と外注 投稿者:モイナ  投稿日: 6月26日(木)13時31分19秒

コメントありがとうございます

>テロップはそれだけ作成を請け負う別会社もあるんですよ

なるほど、そうなのですか

ということは、TVのニュースや報道番組も、責任者不在
というか主体不在みたいな状況と理解して良いのでしょうか
それとも、強力な権限を持つプロデューサーがいて、番組
制作全般を統括しているのでしょうか

もの作りに関しては、製造工程が何となくイメージできるの
ですが、物質ではない「言論や映像」になると製造工程が
イメージできなくてブッラクボックスの様に感じられて
ちょっと不安に思うときがあるので、以下のような投稿を
した次第です

技術と道理 投稿者:葉っぱ64  投稿日: 6月26日(木)09時58分21秒

「現場性の拡大・補完」は技術の問題なんでしょうね、私はどちらかと言えば、道理の問題に繋げてしまう傾向があります。御迷惑をかけたかと、反省してます。『核論』で武田さんが言っていたように、ピッチャーが技術というスキルを蓄積して、球のリリースポイントを出来るだけ長く持ちこたえて、道理に繋げて、剛速球を投げるのは、そうとうのスキルの裏づけ、現場での鍛えられ方が要求されるのでしょう。私のはゆるい球で、変化球ばかりしか、もう投げられません。応援団に徹するか、ワンポイント・リリーフぐらいですね。どうか、「現場性」の問題に合理的な解決の糸口が見つかることを期待してます。
スキルの問題(情報提供)はどうしても、財源に突き当たりますね。道理だけなら、金がかからない。
金のかかっていない道理は現場性の裏づけがないので、簡単に、バッターに打ち込まれてしまう。(笑)

書き込みありがとうございます 投稿者:武田徹  投稿日: 6月26日(木)07時04分31秒

本多さん、書き込みありがとうございます。
若干であれ経済的なフィードバックがないとなかなか情報提供に至らないだろうというのは確かにそうなのでしょう。ただ、それにしても職業的新聞記者並みの経済的見返りにはまったくもってならないわけで、経費のかかる取材は難しいですね。
ご指摘の日本のサイトの方は結局、人気投票は難しく、単純に投稿本数でボーナスにしたということですね。評価は難しい。
それにしてもここは財源はなんなのでしょうか。バナーも貼っていないようですが。

PS:出勤前に急いでポストしたらすごい誤字が。そこだけなおしました。テロップの誤字を言えないです(苦笑)。余談ながらテロップはそれだけ作成を請け負う別会社もあるんですよ。TV明朝といって、画面で読みやすい書体を開発した会社もあります。いまは内製と外注、どれくらいの比率なんでしょうかね。誤字率はそれぞれどうかしら。とはいえ、TVの場合、どこまでは内部か分からない世界ですが。
編集済

参考になるかもしれないサイト 投稿者:本多 和治  投稿日: 6月26日(木)00時53分58秒

「現場」性の拡大・補完に関しては、以前私がこの掲示板に書き込んだ
韓国のoh-my-newsは一つの試みではないかと思います。
http://www.ohmynews.com/
かなり重いですが、OCNやinfoseekの翻訳サイトで日本語に訳すことも可能です。
日本でやっている類似のサイトには
http://www.janjan.jp/index.php
がありますが、韓国の場合は投げ銭システムと類似のシステムを電話会社が行っている
のに対して、日本の場合は人気投票の結果でボーナス支給にしようとしたところ
結果が実態を反映しないため中止とあります。(日本のプロ野球のオールスター投票の
結果が一般的な評価と乖離してしまったのと似ているのかもしれません。)

書き込みありがとう   投稿者:武田徹  投稿日: 6月24日(火)23時03分04秒

書き込みありがとう。
粥川さんがリンクしてくれたガーディアン記事は、おおよそ想像した内容だったけれど、朝日(毎日も報じていたようですね)記事と同じ疑問が。つまり、どこにニュース価値があるのかが分からない。
ぼくが先に書いたように、この一件は96年7月に既報ずみ。たとえば日本でも報道されている。

http://www.yomiuri.co.jp/yomidas/konojune/96/96h3b7.htm

このときに報じられたことに加えて、今回はどの部分が新事実なのか、ガーディアンの記事でもざっと読んだ限りではわからなかった(名前入りリストを入手したと言うところに力点が置かれ、価値を見ているのか? リンクされている関連記事を全部読めば分かるのだろうか)。BBC以後のオーウェルは反スターリニズムに至っていたはずで、この種の情報提供自体はそう不自然ではないと思う。それを思えば、興味を引くのは下世話な話だが、やはり説得役として送りこまれた女性の役割だろう。それをガーディアンや朝日のようなお行儀の良い新聞が扱うのもへんだし、実際、下世話には書けていないし・・・・。

ばんまいさん。提言ありがとうございます。どうすれば、たくさんの目玉の報告の場を作れるのでしょうか。考えなければならないことは多いですね。ぼくが「編集者気質の持ち主」だったりデスク体質」ではないのも弱点なのかしら。

メールアドレス 投稿者:モイナ  投稿日: 6月24日(火)20時26分17秒

↓下の『ニュース番組の』の投稿

メールアドレスが抜けていました。
失礼しました。

ニュース番組の 投稿者:モイナ  投稿日: 6月24日(火)20時23分52秒

解説のために使われるフリップやボード

誤字脱字が目立つ。ただの勘違いやミスではなくて
明らかに解説している対象そのものを知らないため
の誤字脱字。
そんな難しい言葉ではなくて、辞書やなどで簡単に
調べられる単語をです。

「辞書で調べる」程度の手間を惜しむ人たちが
ニュースを作っているのかと思うと、ちょっと
「怖いなぁ」と思うのでした

試みに賛同 投稿者:粥川準二  投稿日: 6月24日(火)20時14分20秒

 ごぶさたしています。

>ぼくがオンラインジャーナリズムに期待するひとつは、そうした闇に消えてしまいがちな部
>分の補完の試みであって、方法論としては要するにジャーナリズムにおけるLinuxスタ
>イル。(略)それでマスメディアの「バグ」が探せたり、直せたりもできないかと考えてい
>た。そういう「現場(事故とかの現場だけに限らず、資料とかに関しても「特権的」にアク
>セスできる範囲を「現場」とここでは呼びたい)」に居合わせた人の情報がどんどんネット
>経由でアップできる場になればいいなぁと思った。

 この試みと姿勢、心から賛同です。

>で、朝日のネタ元になっていたガーディアンの記事は未確認だけど、

 で、ささやかな情報提供を。
 
Blair's babe  Did love turn Orwell into a government stooge?
http://books.guardian.co.uk/news/articles/0,6109,982198,00.html

 下のほうから関連記事をたどれます。では。

http://www.jca.apc.org/~kayukawa/


補完の試みについて 投稿者:ばん まい  投稿日: 6月24日(火)18時55分52秒

「現場」性の拡大・補完になかなかネットは使われない、ということの原因
として、現存する商売報道の拡大・補完は、無償奉仕でできるものではない
こと・「現場」性の拡大や補完を伴う/引き寄せるような報道内容を現代に
おける商売の対象にするのは簡単ではないこと、を考えました。

考える頭と利用に耐える道具はある程度、今の時点で揃っているような気が
致しますので、たとえばニュウスであればその発信・補完・流通・受信につい
てそれぞれの所作に関わ(れ)る者どうしがもっと踏み込んで、理想を、具体
的かつ詳細に語り合って、そこで語ったことの実現を目指して動く、というの
は如何でしょう。 異分野・遠隔の者を一所に集められることは、ネット特有
の強さと思います。

カモン! という武田さんのお気持ちは理解できるように思います。 もう少し
まとまった提示の仕方でもって、具体的(=どのような書き方で行うか)に、
そして詳細に(=何について書くか)「現場」性の拡大・補完について提言
なさったら、「目玉」を今よりももっと設けられるように思います。 恐らく
武田さんは、これまでのご自身の投書で、「拡大・補完」の書き方や内容を示
そうとしていらしたのだと思っています。 我々この場へ集まる者は、それら
の書き込みの狙いを読みとる努力を致しましょう。

サクランボ他 投稿者:武田徹  投稿日: 6月24日(火)12時05分45秒

サクランボ盗難の報道が続いているけれど個人的にはなんとなく違和感がある。というのも前に全然別件で山形に取材に出かけたとき、サクランボが盗難される話はずいぶん聞いた。単価が高いので盗みがい?があるし、木をすべて24時間守ろうにもそれこそたいへんなので、有る程度の盗難は織り込み済みで、それでも定期的に自警団の周回などはしているような話を地元で聞いたけれど、あれはなんだったんだろうと思う。ニュースが今、急に浮上したのか、今回の盗難が異例に多かったのか、そこがはっきりしない。今までも盗難はあったことを報じないのは、「この」ニュースを際だたせるため? 
シイタケ+マツタケ融合の話もとんだいかさまで、過去の経緯を調べられていればだまされなかったものだったわけだし、「その」ニュースを時間軸や空間軸の広がりの中に位置づける能力やら技術やら意志やら覚悟やらはどんどん弱まっているのだろうか。

オ−ウェルが共産主義活動家の名前を公安局に流していたという朝日の日曜だったかの記事もヘンで、あれはもう報道済みだったわけでしょ。それは調べれば分かること。で、朝日のネタ元になっていたガーディアンの記事は未確認だけど、オーウェルのエージェント活動を本当に報じたものだったのかちょっと疑問に感じている。既にオーウェルは結核が悪くなっていた晩年の時期で、活動家と関係が濃密に続いていたとは思えず、おおげさにいえば爺がボケながら「あいつはアカだぞ、むかしこんなことがいっておったのじゃからな」とかいうたぐいの情報しか(出来たとしても)提供できていなかったはずなんだが(朝日の記事に出てきたのも誰でも知ってる著名人ばっかりだったと記憶する)。ガーディアンのはむしろ情報を提供させたとされている女性との艶っぽい関係についての記事だったんじゃないか。そこは朝日も少しは言及していたけど、なにぶんオ−ウェルのエージェント活動についての知識がなかったので、びっくらこいてそっちに力点を置いてしまったとかいうことではないのか。

既報のことをあたかも大発見のように報じてしまう。先にふれた、マスメディア=知識産業とはとてもじゃないが名乗りがたい調査力の低下はもちろん改善すべきだが、もう少し原理的な話になると、もちろん全知は不可能で、記者個人やメディア機関が知り得ない領域は絶対に残る。ぼくがオンラインジャーナリズムに期待するひとつは、そうした闇に消えてしまいがちな部分の補完の試みであって、方法論としては要するにジャーナリズムにおけるLinuxスタイル。関わる人の数のおよそ二倍の数だけ目玉があれば、メディアの射程距離の先の「事実」を目撃できる場合もあるだろう、それでマスメディアの「バグ」が探せたり、直せたりもできないかと考えていた。そういう「現場(事故とかの現場だけに限らず、資料とかに関しても「特権的」にアクセスできる範囲を「現場」とここでは呼びたい)」に居合わせた人の情報がどんどんネット経由でアップできる場になればいいなぁと思った。
ここを日記形式ではなく、掲示板にしているのもそうした期待を込めてだったんだけど、しかし実際にはそうした「現場」性の拡大・補完にはなかなかネットは使われないなというのが最近の正直な感想。
いやいや、あきらめては行けません。「現場」の人の書き込み、カモン! たとえばイスラエルはどうなっているのか。強制捜査後の白装束は? SARS疑惑日本人のその後は? 消えてしまったニュースがそれこそたくさんあるではないか。

続、カオナシ 投稿者:葉っぱ64  投稿日: 6月21日(土)18時48分31秒

>うみおとこさん
2050年に地球の人口は100億人らしいですね、日本に限れば、少子化で何千万人ですか?人口減です。当然、移民、難民を受け入れてざるを得ない。そういうところまで、リーチを伸ばしたところで、国体の問題を考えるべきですね。天皇はローマ法王、ダライラマ」とは違うのです。bk1で今週、「環境問題」を取り上げています。私の『百年の愚行』の書評が取り上げられていますので、図々しくアップします。参照して下さい。
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_rev.cgi/3ce49383b4c4d0106b76?aid=clp&bibid=02160343&volno=0000&revid=0000133004

>カオナシ
ところで、今、東浩紀と大沢真幸の『自由を考える』を読んでいるのですが、東の【匿名性の自由】について考えさせられました。いわば、カオナシを肯定的に捉えている。大沢の「単独性」と「偶有性」の問題にしても、例えば、東があらゆる議論は居直られたら終わりですよ。「オレは匿名性なんていらん、生まれてきたときから今まであらゆる瞬間がすべてカメラで監視されていたとしても、安全な社会が作られるなら何の問題も感じない」と言われたら、もう答ようがなくなってしまう。大沢はそこで、「おそらくそういうことになったときには、何かが失われるんですよ。それが何であるかを説明するのはすごく難しいんだけど」と言う。
私は携帯もクレジットカードも持っていないが、住基のICカードは実験段階から、いの一番に発行してもらったのです。医療情報をデーター保存出来るように要望したのです。
実は数年前、カルテ開示を請求して、患者の私、医師、病院側、で三者三様、苦労したのです。ならば、患者の同意で、医療カルテの情報をICカードにデーター保存出来ないかと考えたのです。だから、登録するとき、かような検討をするようにと提案したのです。
しかし、現在のところ、住民票の届けだけです(笑)
でも、カルテ開示に関しては、わが郊外都市は全国に先駆けて実施されることになりました。最新情報では、私のこのメールの加入プロバイダー(関西電力系)は光ファイバーを利用して、来年度から、医療情報ネットワークを構築するらしい。
住基カードにしたところで、検証すべき利点があるのではないか、第一、携帯、クレジットカードで個人認証の固有性に捺印して、住基に反対するのが、もうひとつ分からない。
この本にも書いてあったように、監視カメラと携帯、クレジットで歌舞伎町で遊ぶのが、平気なのかな、悪所で遊ぶ時は、公衆電話、現金が最低限度の常識だと思っていたが、そうではないのですね。
遊ぶときは、カオナシでいたい。みんなそう思いませんか?

カオナシ 投稿者:葉っぱ64  投稿日: 6月20日(金)17時30分04秒

このサイトで取り上げた「癒しのナショナリズム」の書評をとうとう、bk1にアップしました。書込みの流れの中で、迷惑にならないと思い、貼り付けました。
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_rev.cgi/3ce49383b4c4d0106b76?aid=clp&bibid=02322320&volno=0000&revid=0000222544
相変わらず、私が書き込みした主題と、重複しますが、会話形式で書いてみました。
ラッキョウのイメージは「千と千尋の神隠し」のカオナシに役を振り当てました。
みのもんたのクイズ番組「ミリオネア」を見ていたら、「千と千尋〜」の問題でアメリカで公開上映された時、日本人の声をそのまま採用して、吹き替えをしなかったキャラは誰?、勿論、答えはカオナシなんだが、思わず、カオナシの淋しい哀しい、大食いで「あ…」としか、台詞はなかったと、思い至り、この投稿書評のタイトルを『カオナシ・ナショナリズム』としました。御高覧に供します。

性悪説 投稿者:うみおとこ  投稿日: 6月20日(金)09時42分21秒

我々は限りある経済、限りある資源(食料、エネルギー)、限りある時間、限りある生命を背負って生きていると思います。
何年か前に地球白書の中でレスターブラウンが全地球人口が当時の日本の生活水準で地球人口平均寿命をまっとうしようとするならば、地球が後4個は必要であると言ってました。

私達日本人は毎日テーブルに並ぶ肉や魚を食べて生活する「動物愛護主義者」と同じなのでしょうか。平和の願いを叫びながら、実際は誰かの戦いの恩恵の上に成立する生活。そして目の前に見えないその戦いに目をつむっていられる。人は自分の暮らしのパーツ(すむ家や仕事)は変えられても、本当の自分の生活は簡単に変えられないと思います。

先日ニュース・ステーションにイラクで米軍に従軍した朝日新聞の記者が言っておりました。「「戦場」では戦争を取材する事ができなかった。隣にいる兵士に武器を捨てよと言ったり、戦争の意味を問い掛けたりするこたができなかった。そして皮肉だが戦場ではじめて「自分が生きている事」を強く感じた。」と。

我々は常に誰かの戦いの恩恵を受けて生活していると思います。経済的な戦いをする企業活動、政治的な戦いをする国や地方。そして自然を相手に戦う第一次生産者。自分が少しでも快適にそして長く生きるために、限りある獲得し誰かの生命を削っているのでしょか。違いは目の前で血が流れるかどうかだけではないでしょうか。

戦場で武器を持つ兵士達。
政治の中枢に立ち戦争を生み出す権力者達。
そして戦争の恩恵を、例え無意識だとあったてしても、享受する者たち。

その中で誰が本当の、そして一番の悪なのでしょうか。
「成長の限界」はとっくに過ぎた気がします。
我々は限るあるものを共有している事を自覚し、これをいかに平等に、そして永続的に分け合っていくか考える知性が必要なのではないでしょうか。

手の記憶 投稿者:葉っぱ64  投稿日: 6月19日(木)10時48分02秒

前未来形で記憶を語る事からの逃れられないと思います。私自身の記憶でも、引いた映像で何故か私の全身(前後左右上下)が記憶されている。私の眼は部分しか捉える能力がないのに。
問題はそれらの記憶(変容、選択)によって武田さん、てるてるさんがどのようなメッセージを伝えようしているのかをわれわれが、知ることであり、それによって、説得されれば、その記憶は補強強化されるのでしょう。
それでもまだ、われわれは、無数の事実の断片を拾い上げて、記憶化して、とにもかくにも、事実に対して、神話的思い込みであろうと、そのようなものに対して敬意を払っている。
しかし、『癒しのナショナリズム』で一番、許せなく、怖いと思ったのは、「史の会」の若いメンバーが同会員である「戦中派」は感覚的に相容れないだけでなく、邪魔な存在でもあるというその理由付けである。そのことを引用してみます。
<「戦中派」の参加者は、自分の戦争体験として潜水艦に乗り込んでいた時期のことを語った。そのさい、当時の海軍上層部が現場の戦況を理解しない無理な命令を押しつけてきたことや、戦後に米海軍を見学したときに旧日本海軍にくらべてはるかに合理的に運営されていることに驚いたことなどを述べたという。/もちろんこの「戦中派」参加者は、ブラジルや台湾などの外国との接触を経て、「従来型」の右派団体である日本会議に参加するに至った保守ナショナリストである。しかしそうした人物であっても、戦中の日本や日本軍が理想的な英雄の集まりではなかったことは、経験として知っている。/だが、「あの戦争」を美化したい若い世代の参加者、上野の表現にしたがえば「頭の中で作り上げた『戦時中の日本像』」をとりあえず核としてアイデンティティを構築したい参加者にとっては、こうした「戦中派」のリアリティはむしろ障害になる。>
だから、28歳のメンバーのひとりはこう述べる。
<非常に失礼な言い方ですが、人は死ななければ評価されない。ある世代は、その世代が亡くならなければ評価されないのです。戦中派が亡くなって、抽象化されて、始めて人は戦争に正しい評価を下すことができるのです。>
失礼だと分かってはいるのだ。でも、見たい、聴きたいものしか、たとえ、説得力ある事況が提示されても、無視するだけ。
武田さんにしろ、てるてるさんにしろ、私にしろ、やはり「手」の写真の記憶に立ち止まり、おのれの歴史観、哲学が、その記憶によって試されるわけですが、彼らは同じ仲間の「戦中派」の記憶さえ抹消させようとしているのです。あるのは頭の中の全体性に接続しない切り取られた「抽象化した部分(デジタル)」に拠り所を置いて、創出するナショナリズムだけです。それって何だろう?
上野は「史の会」で共有されている歴史観は、年長者の「慰撫史観」であると同時に、<若者の癒し史観>でもあるといえる。そして両者は、必ずしも交わることのないまま、後者の優位のもとに同床異夢の連合を形成しているのだ。と総括している。
ヒーリングナショナリズムか?
そこで思い出したのは南青山にある「ブッククラブ回」という毎年、精神世界カタログを発行するいわば、ヒーリングの本屋であるが、ここに、ナショナリズム関係ジャンルがあるかどうか、気になった。手元に2000年版の目録があったので、捲ってみると、108項目のジャンルに分かれているが、「日本」、という項目はあるが、ダイレクトに「ナショナリズム」と結びつけた文献目録は見あたらない。

カメラを引いて見たがる武田さん、近づけて見たがるてるてるさんと、前未来形で記憶せざるを得ない人の記憶のダイナミズムに感嘆するとともに、そんな豊穣さを一顧だにしない<「記憶喪失症」になりたがり症候群>の「史の会」の若者に呆れて、書込みしました。

「手」つづき 投稿者:てるてる  投稿日: 6月19日(木)00時44分33秒

車の屋根の上に載せられた「手」をイラク人の男性が大きく目を見開いて見ている写真、だと記憶していました。
それが「創」を読み直したら、そんな写真ではなくて、たくさんの人が見ているけど、女の人もいるし、USAの兵士みたいな人もいるし、私の記憶にあったような表情の人はいませんでした。

他の、テレビや新聞などで見た映像や写真とごっちゃになって覚えてしまったんでしょう。
あるいは映画の場面だったのかもしれない。

イラク人があの「手」を見て、USAがやったことをただひたすらに目を見張って見つめている。
その写真を見る、USAを支持した日本の政府のもとでくらしている私にまで視線が届くほどに。

などと、勝手に想像してしまいました。

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