武田徹Official Web Site--オンラインジャーナリズム掲示板
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香港から2 投稿者:武田徹  投稿日: 3月21日(金)00時48分24秒

香港でも昼過ぎに号外が出ました。飲茶を食べながら店のTVで漢字のテロップが流れ続けるニュースを見る。なぜフセインはメガネをかけていたのか。まさか別人隠し? でもアメリカは第二段攻撃をするようなので、要人ピンポイント攻撃はやはり失敗だったのだろうけど、メガネをかけたフセインの姿がなぜか印象に残る。あとクゥエートに着弾したのは本当にスカッドなのか。
病気のほうはホテルで中国人死亡者が出たとか。なぜ病院ではなくホテルで死んだのかなぞ。症状がそんなに早く進行するのか。
重要なことほど確かなことが乏しい逆説。
明日は香港を出る。

香港からこんにちは  投稿者:武田徹  投稿日: 3月19日(水)22時52分23秒

さてさてみなさま、ご無沙汰しています。今、香港。ちょっとネーザンロードから少し入った場末っぽいところにいます。香港は比較的いいホテルしか経験してこなかったのですが、観光でない、セミダブル中心のホテルというととこんな感じなんかな
今までもカフェやホテルのビジネスセンターからメールだけは読んでいたのですが、少し接続条件がよくなったので自分のバイオを持ち出して久しぶりにwebも繋いでみました。
病気にもならず、元気でやっています。
香港はなぞの呼吸器不全症候群とやらが流行っているようで(日本も疑いのある患者が出たとか)、地元新聞によると観光客は激減とか。でもこれは病気のせいだけでなく戦争のせいもあるのだと思います。

上田さん、書き込みありがとう。結局、開戦はあさっての早朝なんですかね、また。あの映像をみることになるか。
こっちではBBCを見ていますが、中央アジアで生物兵器用天然痘が事故で漏れて被害者が出た時のドキュメンタリー番組をやっていました。ちょっと情報操作かかってるかな。
感染症と戦争があるときに中国にいるっていうのはなんと僕の今までの仕事を象徴しているというか(苦笑)。留守宅には取材依頼とかあったようですが、発言する機会を失うのは残念なものの、いい経験はできそうに思っています。

病気に対しても、なんらかの不慮の事態に対して体力を落とさないのがすべての基本ですから、しっかり食べてよく寝ています。

亜迷利加と呼ぶことにしましょう 投稿者:上田 勝  投稿日: 3月19日(水)01時47分25秒

武田さん、こんにちは。

いよいよ開戦ということになりましたね。ある報道番組の街頭取材でアメリカの女性二人がイラク戦争の正当性について議論してましたが、支持者の女性が「9.11を忘れたの?」という反論をしていたのには正直不安にかられました。アメリカの戦争支持者は誰を敵としていいのかわかっていないのではないかと。もしくは敵が誰かは関係がないのだろうかと。

国連はまあ、今後もあのまま変わらないのでしょうけれども、問題は唯一の超大国として残ったアメリカ自身が今後世界にどうコミットしていくのかということですね。もしかしたら戦争が終わってしまえば後はどうとでもなるという考えでいるのかもしれないですが、同盟国はたまったものではありません。現在の世界の中では今やアメリカこそが特殊な国なのであって、そうした特殊な国の視点に同一歩調を要求されてもなかなかついていくことは難しい。しかも、ある意味自ら撒いた種を自ら刈り取らなくてはならなくなったアメリカの戦争でもあるわけです。

日本の立場は大変ですが、アメリカ支持の言い訳を国民に説明するよりも、この戦争によって得られる国益というものが、イスラム原理主義勢力の敵として対決を余儀なくされる危険と一体であるということをはっきり説明すべきですね。アメリカに追随する以上は、アメリカの敵と対決していくという明確な認識が必要ですから。しかもあの調子では敵はどんどん増えそうです。

ところで防毒マスクはどこに行けば買えるんでしょうかね、小泉さん。

中国 投稿者:武田徹  投稿日: 3月14日(金)20時48分10秒

さてさて予告していましたが、少し留守にします。

一応連絡先など。前はメールをもらった人に不在通知と一緒に自動送信していたんですが、今それをやるとメーリングリストに居場所が載ったり、広告に返信してしまったりでたいへんなことになるので、ここに書いておきます。急用のメールを送ってなしのつぶてでいぶかっている人は、できればこっちを見てほしいのですが、無理かな。

長春は10年ぶり。変わったかな。『偽満州国』へ再び。

15、16日 上海 龍門賓館   021ー6317ー0000
17、18日 長春 長白山賓館  0431ー566ー9911
19、20日 香港 温莎賓館   852−2739−5665
21日   上海  九龍賓館 
     (手配先)上海実花国際旅行社021−5851−1479
          担当:王文利 139−1613−7471(携帯)

 投稿者:武田徹  投稿日: 3月14日(金)20時42分11秒

書き込みありがとう。あれって去年の10月でしたっけ? 11月になっていたかな。少し前のことなのにずいぶん状況が変わりましたね。

RE:情報操作 投稿者:てるてる  投稿日: 3月13日(木)21時55分07秒

情報操作というと、よく、2002年報道写真集などという本で表紙に写真が載っている、
キム=ヘギョンさんのインタビューを思い浮かべます。
あれは、北朝鮮の宣伝になっている、とずいぶん非難されたけれど、
でも、日本から北朝鮮に拉致された人、その日本の家族、北朝鮮の家族、
拉致されて殺された人、いろいろな人の悲しみの、
目にみえる象徴のようにも、私には思えます。

あの少女の涙で、北朝鮮の拉致犯罪が帳消しにできるなどと考えた人はいないと思います。
ただ、日本に帰国している拉致被害者が、また、北朝鮮の家族に会いに行っても、
(あるいは、北朝鮮の家族にとっては帰ってきても)いいじゃないか、と、
日本の多くの人が思うのが、いけない、ということだったのかしら。

キム=ヘギョンさんの涙が、北朝鮮のテレビでは、放送されなかったのだろう、
そもそも、拉致事件のことが、北朝鮮国内では報道されていないだろう、
ということが、問題なのだと思いますが……

情報操作 投稿者:武田徹  投稿日: 3月13日(木)08時54分49秒

米英も割れつつあるようで。各論はいろいろできるんだろうけど、要するに国連体制はもう意味をなさないということか。フセインが仕掛けたというより、国際社会が自滅したということだろうが。
『とくダネ』で情報操作を特集。明大・川上氏のコメントなどで構成。湾岸戦争時の油まみれの水鳥、ナイラの証言が取り上げられる。僕自身も『戦争報道』で湾岸戦争に関してはこれらしか取り上げられなかったけれど、これ以外ってなんとかならないんだろうか。誰もが情報操作だと知っている水鳥、ナイラだけが改めて取り上げられ、それ以外は出てこないというのは、逆の意味で情報操作の壁の厚さを感じたりもする。
情報操作がなされていることは分かっている。しかし何がなされているかは、水鳥とナイラの二件以外は知らない。それでは知っているとはいえない。半可通が増えて、知ったつもりになっている弊害が出てくる分やっかいかも。
『戦争報道』ではそうしたリアルな情報操作問題と並んで、文学者の戦争報道を取り上げていて、このあたり、自分でもうまく位置づけを説明できなかったんだけど、こんな状況になってきてなんとなく言葉が固まってきた。戦争については知りえない。それは現地に入れないことや、情報が操作されていることなど、いろいろな問題が折り重なってそうなっている。だから、そこは捉え返しが必要で、知りえないことを知る必要がある。そこで要求されるのが、想像力ではないか。それは陰謀史観を生み出すような生臭い想像力ではなく、人間の真理を踏まえて一片の事実の奥を見透す想像力。戦争とは何かを、具体性を越えて想像する力によって、アプローチしてゆく。そんな必要がある。
今、衰弱しているのはそうした戦争に向けられる文学的想像力かもしれない。現地報道に出かけてゆくのは鉄砲玉のようなフリー記者ばかりではないか(失礼)。限られた情報の奥に広がるものをいかに見透せるかが問われているが、それができる力が彼らにあるのだろうか。三島が開高を批判した言葉が、今度こそジャーナリストに該当してしまう。現地までいって、そんなものしか見られないのか、と。
本物の作家が戦場に赴かなくなって久しいし、戦場に赴きたがるような作家が少なくなって久しい。そういうことと情報操作の問題とは実はつながっている。

フリーダムフライ 投稿者:武田徹  投稿日: 3月12日(水)19時04分22秒

アメリカの議会食堂では武力行使決議でたてつくフランスを嫌って、メニューのフレンチフライの名前をフリーダムフライにしたとか。先のマスターベーション禁止政策はガセだったけど、結局はそんな国なんですよ。前に大統領選で、共和党事務所では、民主党が勝った州にソ連国旗の旗を地図に刺していたのを見たことがある。分かりやすいというか。
このニュースを報じた木村太郎はこんどはいいこといっていて、サミットが危ないかもと。確かにそうかもしれない。これは単に対イラク政策ではなく、欧州大陸と米が割れる、新しい世界秩序が作られ始めていると読むべきなのかも。EU圏はフランスの核を中心にまとまり、ドルポンド圏は英米の核、そして中国の核と元経済圏。
ちなみにフレンチトーストもフリーダムトースト、フレンチキスは・・・・どうなったんでしょうか。

 投稿者:武田徹  投稿日: 3月11日(火)22時27分25秒

>ミサイル二発目。根拠のない怖がりすぎは問題なんだけど、イラク侵攻と同時に北朝鮮軍が38度>線越えたりしないだろうかという妄想にとらわれている。

アメリカ軍はイラクで手一杯なのを理由に越境を黙認し、ソウル直前まで北朝鮮軍の侵攻を許す。国際世論に「悪の枢軸」の危険性を知らしめ、韓国国内の反米勢力にアメリカのプレゼンスなしには朝鮮半島有事に対応できない現実を痛みをもって思い知らせたうえで平壌空爆。金正日政権を崩壊させる。日本国内の反米勢力も沈黙。結果としてアジアのアメリカのプレゼンスが強まる・・・・、というように、米軍の駐留は安全保障だけでなく、「瓶の蓋」にも、場合によっては、恐怖心の制御を通じた世論操作に使える可能性ももっているので、ぬえのようで厄介といえば厄介か。とはいえ、日米同盟批判から核武装論に一気にいたるのも短絡的で、そのあたりは、そうした短絡の轍を先駆けて踏んだ清水幾太郎をもう一度検討してみるといいかもしれない。「核」論の議論はそこはまだ甘甘につき注意。

ところで、こんなメール来たけど、本当ですか? 17誌というと相当なものまで入っちゃうと思うが。
*****
麻生太郎氏はマンガオタク??!!
自民党の文教族麻生氏は、アメリカへの留学中も含め、30年間マンガ雑誌
17誌を毎週欠かさず購読しているとのこと。
マンガ批評、分析も、「マンガ夜話」レベルとのうわさです。
リアル「俺の空」の麻生氏へのインタビュー、詳しくは、
今晩24時50分TBS、浅草キッドの「アサ秘ジャーナル」で!!
趣味と仕事は別物、とはいいますが、この人が総理大臣になったらおもしろいなー
と思いました。
******

アトム大使 投稿者:武田徹  投稿日: 3月10日(月)23時37分42秒

前に話題になった「アトム大使」について。読売新聞の記者の人が調べてくださった結果、少なくとも3バージョンあることが判明したそうです。

1、オリジナル「少年」版(1951)
  講談社全集版と同一。宇宙人天馬は登場せず、ラストは「大人の顔」をプレ
ゼントされる。
2、学童社「漫画少年」版(1953)
  加筆修正の上再録されたもよう。この版で初めて宇宙人天馬が登場。ラスト
はオリジナル版と同じ。単行本未収録。
3、光文社コミックス版(1958)
上記二つの冒頭にあった「宇宙のシーン」が削られ、宇宙人天馬が登場し、「大人の顔」も
ない――と、オリジナルから一番離れたバージョンのよう。講談社全集版以
外の現行アトム単行本には、大体この版が出ているらしい。

こうした作品の変遷をどう解釈すべきか。誰か論文書くといいですね。たとえば四方田氏は全面講和をあきらめたサンフランシスコ条約が、宇宙人と地球人が半分づつ金星と地球に住むという「理想案」が放棄され、宇宙人のみ移住することになっている、大使の現実妥協的な結末に反映していると考えたが、もしも1と3の間にサンフランシスコ条約があって、3にのみそうした結末が追加されているとしたら、その解釈も説得的だけど、1ー3のすべてがその終わり方だと、その結末は果たしてどの程度に時世を意識した意図的なものかどうかは分からなくなりますね。

午後イチで味の素社長インタビュー、夕方からホンダアシモ技術者インタビュー。共同通信書評、宝島原稿書き直し命令など、仕事がどんどん増えている。中国前に5本・・・・、ひえー。

ミサイル二発目。根拠のない怖がりすぎは問題なんだけど、イラク侵攻と同時に北朝鮮軍が38度線越えたりしないだろうかという妄想にとらわれている。

書き込みありがとう  投稿者:武田徹  投稿日: 3月 9日(日)11時59分08秒

てるてるさん、書き込みありがとうございます。
中島みゆきの原稿では日本の閉塞状況を脱する番組に本当に『プロジェクトX』をしたければ成功例を紹介して感動をもたらし、おしまいではなく、失敗例の再検討、可能性のあるプロジェクトがなぜ失敗したか、なぜ評価を得られず中断の憂き目をみたかを分析するべきだったと書きました。でも、たしかに登山計画は完遂しなかったが、参加者の奇跡の生還を持って成功とみなすとか、成功/失敗の判断は視点しだいでゆらぎますから、ケースバイケースの検討は必要ですよね。ただそれは視点しだいのという曖昧さの要素を持つという消極的な評価だけをすべきではなく、失敗例の検討というのはなかなかなされていない状況を思うと(会社は過去の恥をさらしたくないと考える、遺族などはいまさら取り上げてほしくない等々)部分的な成功を積極的に切り口にして失敗例検討に踏み込むという手もあるように思いました。

さて、戦争報道のことです。今朝の朝日に小さいな紹介が出たようですが、これで逆に大きく取り上げられる可能性はかなり減ったと考えなければならないのかもしれません。書店の動きは悪くはないようなのですが、当初の立ち上がりは鈍ってきたといえるかもしれないです(ジュンクの在庫を見ている限りでは)。筑摩の場合、新刊時点で広告は出さず、動きがあった本に限ってそれを告知してさらに売り上げるように仕向けてゆく方針のようですから、売れる本と注目もされずに消えてしまう本が著しく二分される傾向があるようですね。『女は男のどこを見ている』が長くベストセラーになったのも、動きが感じられたので広告を打ち始めたからのようです。

で、そういう営業の話はさておき、先日、TVサライの取材を受けた時、質問表の中に日米の報道管制の違いという項目がありました。アメリカの報道管制ーーディーバーシステムについては『戦争報道』をみてほしいですが、さて日本はどうか。PR会社制のVNRがあふれているのはたとえばWBSなどを見れば明らかですが、戦争報道的にはそれがそう顕著に見えない。日本のマスメディアは基本的に「反戦」気分(あくまでも気分。それが気分でしかないから『正論』や『諸君』文化人にいいたいことを言われる脇の甘さにもなる)が強くて、戦争賛美のプロパガンダ型リリースを入れるのは難しいかもしれないですね。でも実際には北朝鮮沿岸を日本海と称して恐怖心をあおったりはしているのですが、作為性という部分では薄いと思います。
しかし、それがいいとはもちろんいえないわけで、思ったんですが、アゴヒゲアザラシ一頭の登場だけでこれだけの長時間メディアを占有できてしまうという放送体制は、これほど管制しやすいメディアは世界にもないのではないか。もちろんたまちゃんが何かの陰謀の産物とはいいませんが、視聴者の質、それとかかわるメディアの「質」を自覚し、構造的にそんなメディアの「弱さ」を見る視点は「たまちゃん報道」には必要だと。しかも、あれどんどん不正確になっていったですよね。SPAに書いたけれど、西区役所にたまちゃんあて手紙が21通届いただけで「殺到」とかの見出しを打ってしまう。
そういう「質」は「奇跡の詩人」問題とかとも無関係ではないではないですね。

プロジェクトXとシャクルトン人気 投稿者:てるてる  投稿日: 3月 8日(土)21時12分44秒

シャクルトン隊の南極遭難そして全員生還の話が、ここ数年人気で、何冊もの本が出ており、そのなかには、企業の経営者が、自身の苦労話(手柄話)と引き比べたコメントを寄せている本もあります。

探検事業そのものは失敗なのに、苦難の末、全員生還したという話が受けるのはなぜなのか?
当時も、シャクルトン隊は帰国してから英雄扱いを受けたそうですが、すぐに第一次世界大戦に従軍し、元隊員の死亡率は高かったそうです。

それで思い出すのは、「八甲田山死の彷徨」で有名な青森連隊と弘前連隊の話。
一方の連隊は遭難して多数の死者を出し、他方の連隊は行軍に成功して全員生還。
しかし、その後、日露戦争に従軍して多数が戦死。

シャクルトン隊や、八甲田山行軍の話を、プロジェクトXでとりあげるとしたら、どんな感じになるでしょうか。

ちょっと不謹慎なたとえですが、生体肝移植をしたお医者さんと親御さん、そして、亡くなったこどもさんの話に、似ているのかもしれません。

中島みゆきの「地上の星」も、シャクルトン隊の話も、私はすきなんですが。

なお、私は、NHKスペシャル「奇跡の詩人」に疑問を持って、昨年、有志とともに、NHKに公開質問状を送りましたが、そのとき、仲間の耳には、「地上の星」が聞こえていたと思います。
成功したとも失敗したともいえない、プロジェクト(?)Xでしたが。
http://members.tripod.co.jp/saihikarunogo/20020930nhk.html

 投稿者:武田徹  投稿日: 3月 7日(金)22時12分55秒

以下、前に送ってもらったメールを貼り付けます。問題提起として掲示する必然性はあると思いますので、直接書き込んでもらっても良かったのに(やろうと思いつつ、ただ出すのもなんですからコメントを書こうと思っていて送ってもらってから結構時間がたってしまいました)。

*******
> はじめまして。
>武田さんは”選択的夫婦別姓問題”に関しては、どのようにお考えでしょうか?
>私は結婚6年目の内科医ですが、結婚直後より、いわゆる“事実婚”状態を続けてい
>ます。 その理由は、姓を変えたくなかったからです。 結婚したからといって、職
>場での私はなんら変わることありませんので、仕事上で頻用する姓も変えたくなかっ
>たのです。 
> たとえば作家やアナウンサーの方などですと、結婚後も姓を変更されない方が多いの
>ではないでしょうか? 仕事の性質上、もっともなことだと思います。 
>しかし、同じようなことが他の職種にも当てはまるのです。 しかも、国家資格が関
>係してくるような職業ですと通称使用をすることもできません。 私の場合は、同じ
>仕事をしている夫も私の心情を理解してくれ、事実婚に踏み切ることとしました。
> しかし、やはり法律的にも認められた夫婦になりたいというのが切なる願いです。
>私が望んでいるのは、あくまでも、選択性であって、夫婦同姓を希望される方と対決
>しようなどという気持ちは毛頭ありません。選択の自由が欲しいだけなんです。 そ
>れぞれの夫婦・家庭がそれぞれの家族メンバーの中で話し合い、決めればいいことだ
>と思います。
> この問題に関しましては、既に10年以上も取り扱われていますが、自民党議員等の中
>に根強い反対があり、いまだに実現できずにいます。
> もし、ご賛同いただけるのであれば、何かの折にでもほんの少し話題提供していただ
>ければ、インパクトは絶大なものだと思います。 お力を貸していただければ、まこ
> とに幸いです。 あつかましいお願いをしてしまい、申し訳ありません。
> 最後になりましたが、これからも、応援してます!!

******
うちも仕事上は別姓ですよ。ワイフは勤め先が民間会社なので社内では問題ないようですが、海外のホテルでパスポート名での宿泊を要求するところは、突然、新姓になってしまい、それがなまじ知られていないために日本から電話で混乱するようです。いろいろ不便はありますね。
フェミニストの中には結婚時に女性のみ姓が変わるのを男女差別とみなし、ご指摘の夫婦別姓に反対する自民党議員というのは家父長制の衰弱を恐れているということなのでしょうが、韓国では女性差別意識が根強いからこそ結婚しても夫の家の姓を与えないという解釈もあるようで(韓国人と結婚した日本人男性から聞いた話ですが、インフォーマルな情報なのでぜんぜん違っていたらすみません、指摘してください)、姓ひとつとっても解釈しだいでいろいろコノテーションを持ってしまうもののようです。自由に選べるにこしたことはないですが、その際に名前の社会性をいかに尊重できるかというところがポイントのように思います。名前は自分のものであるのと同時に、関係のあるすべての人のものでもあるので。

 投稿者:武田徹  投稿日: 3月 6日(木)21時23分29秒

午前中、西八王子の歯医者に行き、これで前歯問題は完全に解決。中国取材にも不安なしに出られるだろう。

で、歯医者から出るとバスがとまっていて、ちょうどドアがあいていたのでそのまま乗ってしまった。というのも大学の図書館から借りていた本があって、春休み中には返さないといけない(図書カード上のの身分が更新になる前に切れてしまうので)。でも今日、返却に行こうか迷っているところがあって、西八王子からでもバスでの往復は時間がかかる。仕事もあるし。だったら後になって都心で仕事で出たついでに、市谷キャンパスで返したほうがいいかなと家を出たときには思案していたのだ。一応、どっちに転んでもいいように本は家から持って出たのだが、歯医者から出たらバスが止まっていて、歯も治ったしというタイミングだったので、足どりが軽くなっていたのか、大学に向かってしまった。
今日は冬が戻ってしまったような寒い日だったけれど、バスが寺田グリーンなんとか(途中にあるニュータウン)を通過するとき、丘を切り開いて道を通すために作られた、切り通しの土面をカバーしているコンクリートブロックについた苔が、早くも緑色になり始めていた。ほかの木々はまだまだ葉をつけていないが、きっと細かく見てゆけば枝先は同じように芽ぶいているんだろう。
そのコンクリートブロックは春先の、特に雨上がりになると、一面が濡れながら輝くような見事な緑色になって、バスで通学するときに目と心が洗われるような気分になる。八王子に通うようになって、それがいつのまにか一番印象的な景色になっていて、バスで通るたびに、いかに本を読んだり、パソコンと格闘していても、顔をあげてその景色を見る。きっと八王子に来なくなっても、光の中で燃えるような緑を、せつないぐらいの懐かしさとともに思い出すんだろうなと思う。

今年もまた緑が帰ってきたのを見ると、お正月ではなく、こっちのほうがぼくには新しい一年が始まるんだとも思えて、これから何が起きるんだろうかと。その一方でもう「02年度」は終わっちゃったんだなぁと改めて思った。そして02年度にあったいろいろな事を思い出す。去年の今頃この苔の壁の横を通ったときから始まって。

大学についたら図書館は休館だった。バスに乗る前に開館を確認する電話をすべきじゃないか一瞬迷ったんだけど。

三浦和義ロス疑惑に関して無罪確定。沢木耕太郎の『奇妙な航海』をテキストに使ったことがあるので、行方は見守っていたが。裁判官はこの沢木の作品を読んだだろうか。

もう何度も同じような話を聞いたような気もするがブッシュはイラク攻撃を時限を切って来週中に宣言するとか。木村太郎によれば、すでにバクダッドのロシア大使館員が国外退去したというけれどどうなのかな。ブッシュ側が拒否権をちらつかせる仏ロに愛想をつかせて決議案なしに米英のみで攻撃するだろうというシナリオが語られているが、それを裏打ちするようにロシアも実は安保理では止められないともはや判断しており、イラクから国外撤去をはじめたということになるのだが、太郎はどうやってこの種のネタを聞いてくるのだろうか。毎日夕方にはお台場にいるようだが。

書き込みありがとう 投稿者:武田徹  投稿日: 3月 6日(木)08時33分53秒

手塚は完全主義者というよりも、表現者としてのとてつもなく業の深い人だったという感じですよね。あともうひとつ事態を複雑にする事情があって、虫プロの経営状態の悪さも影を落としているのではないでしょうか。そのつど「自分の作品」にしたい手塚がいるのと同時にアニメを作るためには過去の版権を売って資金にすることも辞さない手塚がいて、それが全集などの(必ずしも後の版の方が手が加わっているものになっているとは限らない)整合性の乏しさにつながっているのではないか、とも想像します。しかしいずれにせよ、これは一度ちゃんと研究しないといかんですね。アトムをあんなに賞揚しておきながら、実はテキストのバージョン間の異同の実体がぜんぜんわかっていないというのはおかしい。アトム生誕30周年とやらでお金が動くんだったら、まさにそうしたテキストクリティックの機会にすべきじゃないかな。

手塚治虫 投稿者:ぴょん太  投稿日: 3月 6日(木)02時23分07秒

初めて投稿します。ぴょん太と申します。
手塚治虫の改訂については、「手塚治虫の奇妙な資料」(野口文雄、実業之日本社)
という本がいくつかの作品を取り上げて解説しています。
また「人間ども集まれ」は完全版として、カットされたラストを再録しています。

朝日ソノラマのアトムというと、SUNコミックス版 全21巻(ぐらい?)でしょうか。
で、私が持っていたのはこれでした。
手塚治虫は、かなり原稿をいじる人だったようで、講談社の全集にしても
かなり手が入っている(新宝島のように原画がないものは書き直したという話も
聞いたことがあるか本当だったのだろうか?)ので、全集出版時の時点での
「作品」と考えたほうがいいという話があります。
いずれにせよ、困ったことにはかわりはないですが。

アトム 投稿者:武田徹  投稿日: 3月 5日(水)23時19分42秒

午前中、NAVIでソニー取材。
午後から読売新聞取材を受ける。アトムについて。
少し予習をと思ってコミックカフェでアトムを読んでいて驚く。ぜんぜん話が違うのだ。そこで収蔵されていたのは講談社版。ぼくが小さいころに読んで、『核論』でも言及したのはカッパコミックス版だった。
差があるのは聞いて知っていた。しかしそれは「きみも大人にならないといけません」とく最後の宇宙人からアトムに送られた言葉があるかかないかなど、せいぜいセリフが違っているとか、そんなレベルだと思っていた。だが、講談社版を読んでみると登場人物の有無というレベルで違っている。たとえば『核論』で引いたアトムシリーズの第一作となった『アトム大使』は、地球と地球と瓜二つの星の住民が出会う話で、面白いのは地球人と宇宙人が一対一対応になっているという設定だ。ほとんどのところで地球人と宇宙人は同じなのだが、わずかにいくつか違いがあり、そこが物語の重要なファクターになっている。たとえば地球人は肉食をするが、宇宙人は霞を食って生きている。宇宙人は食物連鎖という原罪を知らない存在なのだ。そして地球人の天馬博士は死んだ息子のトビオのかわりにアトムを作り、宇宙人の天馬博士はアトムを作らず細胞収縮液を作っている。そんな宇宙人に地球人が肉食を教えたことから食糧危機が起こり、宇宙人排斥運動が起こる。急先鋒になったのが地球人の天馬博士で、宇宙人の天馬博士を殺して細胞収縮液を奪い、それを使って宇宙人狩りをはじめる。それを怒って宇宙人がわが反撃して・・・という話なのだが、それはカッパコミックス版のストーリーであって、講談社版では宇宙人の天馬博士がそもそも登場しない。細胞収縮液は地球人の天馬博士の発明ということになっている。
ぼくはカッパコミックス版にしたがって、アトムと細胞収縮液が相互に鏡に映しあう関係になっていると『核論』で書いた。それは、科学の善と悪の二面性を示しているのだと。しかし講談社版でその論理はやや展開しにくい。
ここまで作品内容が違っているとは思わなかった。というのもアトムを論じた先行作品として四方田犬彦(鏡像関係の解釈は四方田の『手塚治虫における聖痕の研究』に拠っている)や竹内オサムの仕事を参照しているが、それらの言及や解釈はぼくにはまったく違和感はなかった。そんなことから、版による異同に神経を払う必要はそうはないと思ってしまっていたのだが、今にして思えば四万田も竹内もカッパコミックス版を踏まえていたということだったのかもしれない。
見た印象では講談社版のほうが初出の『少年』連載時に近いのではないかと思った。連載中の毎回のページ起こしの部分が残っているのだ。カッパコミックスは、今から思えば、アトム大使に始まり、青騎士に終わるという構成「できすぎている」感もある。後世の編集者の手が入って、シリーズ全体で起承転結をなすように配置換えもされたのではないか。パスカル『パンセ』でいえば、カッパコミックス版はブランシュビック版ということかもしれない。
ただ、アトム大使に関しては、あきらかにカッパコミックスのほうが構成が緻密になっていて、こっちを完本としていいように思う。だが謎めくのはあとから出た講談社文庫が、なぜそれ以前の版を使ったのかだ(読売記者のIさんの話では、講談社文庫はその前にアサヒソノラマで全集化されたものを踏まえているという。となるとアサヒソノラマ版がどこから出てきたものかというのも気になる)。カッパコミックス、講談社文庫の編集者が当時の事情を語って残しておいてくれればありがたいのだが。
いずれにせよ、この相違は活字本だったら増補改訂とか銘打ってしかるべき大きさだ。マンガは書き直しても改訂を名乗る文化がなかったのか、それとも手塚が「改訂」の言葉を嫌ったのか。とはいえ、ここまで違っていると版ごとの相違を一度洗い出してかからなければ、まともな批評はできなくなるので厄介だ。コピーなどなかった時代の書き直しなので、おそらく原紙の切り貼りなどの過程を経ているはず。生原稿があればどういう流れで物語が変形していったかわかるはずで、そうしたテキストクリティックを誰かしてくれないのか。

最近話題のアトムの誕生日というのも一定ではなく、複数あるし、相互に矛盾があるという。03年4月7日(だっけ?)というのは今から一番近いのを選んできたとかいう安直なもののようだ。マンガなんて「たかがそんな」ものなのだ。たとえば『磯野家の謎』でサザエさんの物語内部の矛盾を重箱の隅をつつくように数え上げていた頃の方が(当時は姿勢が建設的ではなくてイヤだったが、今にして思えば)都合よく物語の矛盾を無視して話題つくりに使ってしまう現状よりまともだったかも。
編集済

TV 投稿者:武田徹  投稿日: 3月 5日(水)00時30分31秒

午前中は中島みゆき原稿の資料を読んで、午後からTVサライ取材を受ける。戦争報道について。
これはそのときは話さなかったけれど、気になっているのは、今日も、米軍の偵察機が北朝鮮戦闘機に迎撃されそうになったと盛んに報じられているが、その場所だ。先のミサイル着弾地点もそうだけどあそこは「日本海」と表現されるべきなのだろうか。だって北朝鮮沿岸からせいぜい200kmぐらいなのだ。
そりゃ海はつながっているとはいえ、太平洋まで日本海とは呼ばないだろう。渤海とかでも日本海呼ばわりは躊躇するだろう。しかし北朝鮮の東側海域は、日本の大陸進出時代から日本海と呼ばれ、そのあと(少なくとも日本は)その名称の変更をしてこなかった。で、あそこも日本海となってしまうのだが、その用語の選択には、不安をあおってニュースの視聴率をあげようとするメディアの作為(か、レイトの上昇をかぎつける野生か)があるように感じられてならない。プエブロ号の事件を引く局はどこもなかったし。
 自民党が電通の大口顧客であることは事実だが、それでも日本の政府与党の情報管制技術はまだまだ低く、「日本海」呼ばわりはおそらくメディアの自発的な操作だと思うが、その結果招かれるものはあまり望ましいものではないように思う。言葉使いひとつで緊張関係が強まるのだとしたら、これも『戦争報道』のキャッチコピーだった「メディアが戦争を作る」一例ではないのか。

取材の後は帰宅して中島原稿の続き。プロジェクトXを調べ、考え始める。
あの番組の怖さというか残酷さは、あのままの構成、つまりスタジオにプロジェクト関係者を招いて苦労談を国井キャスターが聞く、田口トモロウが取材先提供の資料映像をバックにプロジェクトの歩んだ茨の道を語るという構成で、最後の最後で「しかしこのプロジェクトは失敗した」で終わらせることも可能だということだ。成功しようと、失敗しようと、ブレークスルーを狙うようなまともなプロジェクトであれば並大抵ではない苦労があって当然で、それこには多くのドラマがあるだろう。つまりプロジェクト話としていずれでも成立する。
しかしプロジェクトXの場合、成功したプロジェクトしか扱われない。そんな「お約束」があってこそ、安心して感動できるという仕掛けが暗黙のうちにできている。
中島みゆきは『地上の星』を作曲する依頼を受けたとき、無名の人にスポットを当てる番組趣旨に共感したのだと自分でしばしば語っている。しかしプロジェクトXの登場人物は確かに無名ではあるは報われない人たちではない。成功したプロジェクトであり、社内で表彰されたり、出世したりはしてきたはずだ。彼らが世間的に無名なのは、成功したプロジェクトの手柄を会社(法人)名を取ってしまう法人資本主義的な傾向や、有名なプロジェクトの背景にある個々人を取り上げてこなかったメディアの問題である。改めてNHKがそうした人を取り上げるのは当然のことを遅ればせながらやっているのであり、中島が感心するほどのことか。そしてプロジェクト自体が失敗し、無名な上に報われないまま、去っていった多くの人もいることを中島は視野に入れていたのだろうか。
中島みゆきは、ある種の天才だと思うけれど、おやと思うほど「天然」な部分もある。好きな詩人が谷川俊太郎ってのはどうなんだろうか。

みゆき 投稿者:武田徹  投稿日: 3月 3日(月)22時44分16秒

夕方にグッズプレスのフリーペーパー調査報告記事入稿。その後、次の締め切りとなる宝島、中島みゆき原稿用資料を読み始める。CDだけでなく、大宅資料も電話帳ほどの厚さのコピーが送られていたのだ。
体がなまってしまうのでジムで自転車こぎながら読む。最初は自分で書く原稿のためのネタ探しをしていたが、次第に資料の文章そのものに意識の比重が高まってゆく。なにしろ中島御大である。もうありとあらゆる書き手が書いており、あたかも80年代以降の書き手オンパレードのようだ。
中でも、ああ、うまいなぁと思ったのは呉智英と黒沼克史だった。この二人をぼくがほめるのはちょっと意外に思う人もいるかもしれないけれど、書かれた内容とか、分析の深さと広がりとかではなく、文章の位相で読むと、隅々まで気を使っているなぁと思った。しかし、こんなにていねいに書いた文章が雑誌と一緒に消えてしまうのだ。もったいないと思った。今回でこそ大宅文庫からすくいあげて読まれているが、通常なら雑誌が捨てられて、文章の命も終わってゆく。その無常感がいいなんて、ダンディズムの持ち主の書き手もいるのだろうが、あまりにもむなしいと思った。
このインターネットに時代になら、それをなんとかならないのかと思う。自分の書いた原稿を書き手がHDに入れておき、ファイルエクスチェンジとかで検索にかけて引き出したり、共有できるようにする。そんな仕組みを、著作権の問題とかとすり合わせながら作ることはできないのだろうかと思う。そうなれば文章の書き方もきっと少しずつ変わってゆく。たとえば、さっきちょっと触れた分析の深さと広がりとかも。
編集済

クリエ続続 投稿者:武田徹  投稿日: 3月 3日(月)00時59分30秒

あとクリエNZ90ユーザーのみなさん、カメラはMF設定のほうがシャッターのタイムラグが減って使いやすいとぼくは思います。液晶ファインダーはピント確認がやや不安だが、この焦点距離ならほとんどパンフォーカスで大丈夫でしょ。心配だったらテスト撮影して、パソコンで大きく伸ばして見るといいかもですね。ぼくはジョグダイヤルをMFフォーカスに当てて、およその距離にあわせてとっていますが、大きくはずしてはいないな。むしろぶれのほうが問題のように思う。
実は下のほうで書いたクールピクス28mm固定の使い方を紹介している日カメ記事でも、MF設定を薦めています。しかし技術が進化するとAF技術がいらなくなっちゃうというのは文明の逆説。

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